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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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50 全方位の人類が敵

 「俺のシグが、女性に恋文を書くなんて!」

 鬼の形相だった。離れ小島で別れた、ヴァーツァ・カルダンヌ公爵は。


 空中庭園は、いつの間にか閑散としていた。カルダンヌ公の怒りに恐れをなし、来客たちは帰ってしまったのだろう。残っているのはイメルダと俺、少数の使用人が遠くで仕事をしているだけだ。

 それから、怒り心頭といった様子のヴァーツァと。


「一通だけじゃございませんことよ。カルダンヌ公、何通見つけられました?」


 イメルダが、口元に邪悪な笑みを浮かべる。

 あまりのことに俺は口をぱくぱくさせるばかりで、言葉が出ない。


「な、なんだと! おい、シグ。お前、いつの間にラブレターを。しかも、何通も!」

「ここに着いてから、ごくわずかな時間にお書きになられましたわ」

 イメルダの言葉にヴァーツァの顔が真っ青になる。

「だから、彼を一人にしておくのは嫌だったんだ。身の回りの男どもはみんな、蛾のように彼に吸い寄せられるし、その上、大量の令嬢だ!」


 蛾はひどいと思った。誰も俺に吸い寄せられてなどいないけど。


「カルダンヌ公爵様。貴方の警戒が甘いのですよ」

 揶揄するようなイメルダが言う。ヴァーツァは頭を抱えて蹲ってしまった。

「君のフェロモン垂れ流しの体質を甘く見ていた。男も女も……ああ、俺は、全方位の人類に向けて警戒しなければならないのか!」


 なんか、あんまりなことを言われた気がする。


 「あの、僕、令嬢たちに恋文なんて書いていません。あれは全部、代筆です」

 おずおずと弁解する。

 いや、弁解なんかじゃない。本当のことだ。俺から恋文を貰うなんて、令嬢たちの名誉にもかかわるだろうし。

 ところがヴァーツァは、聞き入れようとしない。


「君のサインだった。俺が見間違うと思うか? そして、間違いなく、君の手跡だ! あのエロい手紙は!」

 いったいどの令嬢に書かされた手紙を見たのだろう。運が悪いことだ。中には、清純なレモン味のもあったというのに。

 とりあえず、弁解を試みる。

「シグモントというのは、令嬢たちの兄弟か叔父さんの名で……待てよ。俺から手紙を貰うと願いが叶うんでしたっけ? 彼女たちの間に広がった無責任な噂というのは?」


 必死の思いでイメルダに助けを求める。


「どうでしたかしら?」

イメルダは小首を傾げた。

「イメルダさん!」

「王妃!」


 俺とヴァーツァは同時に叫び、しばし、沈黙が流れた。


「……王妃?」

 って。

「王妃……様! イメルダって……まさか、アンリ陛下に輿入れされた……」


 迂闊だった。もちろん、アンリ陛下がご結婚なさったことは知っている。でも、王都に帰って来てから、俺はずっと引き籠って暮らしていた。繁華街にも足を踏み入れなかったから、王妃となられた方の絵姿を見たこともない。

 だから、そんなことは思いもしなかった。まさか、目の前の女性、夫を閨に呼ぶために俺にラブレターを書かせたイメルダさんが、王妃だったなんて。


「そうだ。この方は、イメルダ・フォン・フォルス殿下、フォルス王国の王女で、ペシスゥスの王妃だ」

 ヴァーツァが教えてくれる。まだひどく機嫌が悪い。そのヴァーツァに向かい、イメルダさん……王妃が言い放つ。

「そして未来の国母です。礼を弁えなさい、カルダンヌ公」

 厳しい口調にぎょっとした。おとなしい、優しい女性だと思っていたのに。というか、無礼なのはむしろ俺の方だったのでは?


「特に失礼なことはしておりません」

 しれっとヴァーツァが返す。彼は、何も応えていないようだ。

 王妃の目がちかりと光った。

「わたくしの前で取り乱しました。恥ずべき所業です。わたくしは平常心でおりましたことよ。貴方に陛下を寝取られました時も」

「寝取、」

 言いかけて、思わず俺はむせかえった。揶揄うようにイメルダ……もとい、王妃がうすら笑いを浮かべる。

「あらあら、大変。誰か、シグモント様にお水を」


 打てば響くように、給仕が水のグラスを持って現れた。差し出された盆からひったくるようにしてグラスを掴み、冷たい水を一息で飲み干す。

 ようやく口が利けるようになり、俺はヴァーツァに喰ってかかった。


「夫さん……いや、アンリ陛下の愛人って、貴方だったんですか!?」

「愛人なんかじゃない。幼馴染の学友だ」

「その学友が、王妃様から陛下を寝取ったんですかっ!?」

「違う!」


 そんなの、誰が信じるものか。だって、あのヴァーツァだぞ。今までに相手にした女性(男性もだったんだな、やっぱり)は数知れず、弟に濡れ場を見られても全く平気という恥知らずだ。

 その上、国王まで手に掛けるとは! 王妃様の苦しみを思いやれ!

 王妃は、しかし、奇妙にさめた、冷たい目で俺を見ていた。


「わたくしが申し上げた、夫の愛人の想い人というのは貴方様なんですよ、シグモント様」

「え?」


 夫(国王アンリ陛下)の。

 愛人ヴァーツァの。

 想い人。

 それが、俺?


「貴方は、つれない想い人です。カルダンヌ公にとってのね」


 王妃の責めるトーンに、思わず身を固くした。

 つか、俺が、誰につれないって? ヴァーツァに? 違う。逆だろ。


「わたくしが一番許せないのは、あなたです、シグモント様」



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