5 行方不明
ヴァーツァ・カルダンヌは極悪人だったと、ジョアンは言う。
「あの男は、大の女好きでな。今までに何人も女を引っさらっては、飽きるとすぐに殺すんだ」
けれど俺は動じなかった。そのくらいの人生経験は積んでいる。
「そういう男もいるだろうよ。特に貴族は、我々庶民を人間だと思っていない」
「シグ、お前はそう言うが、殺すことそれ自体を目的とするような狂ったやつは、甘やかされた貴族といえど、そうはいない」
「殺しを目的にするんだって?」
驚いた。というより、呆れた。まるで物語のようではないか。大きな声では言えないが、俺はその手の物語が大好きだ。
だがジョアンは大まじめだった。
「それも、ひどく残虐な方法で殺すんだ」
「たとえば?」
「そんなこと聞いてどうするんだ? 悪趣味だなあ」
「正確なことが知りたい。噂や讒言のたぐいに騙されたくないから」
「お前らしいな。いいよ。気分の悪くなるような話だが、教えてやろう。俺が聞いただけでも、水責め、串刺し、とがった鉄の棒を埋め込んだ人型の人形に抱きしめさせる、なんてのもあった」
歴戦の戦士のくせに、ジョアンは薄気味悪そうな顔をしている。
「死体への損傷も度を越していてな、死骸を犬に食わせるなんてのは序の口で、首を斬り、槍の先に突き立てたこともあったらしい」
「うわ、グロ……。いったいなんでそんなのが陛下の友人だったの?」
「知るかよ。もしかしたら、友人だったというのは嘘なんじゃないか」
「はあ?」
ジョアンがとんでもないことを言い出したので、俺は呆れた。
ジョアンは平然としている。
「だって、仮にもこの国の国王になられた方のお命を救ったんだよ? しかも自分の命を賭けて。たとえ狂人であっても、その忠誠心は長く語り継がれるだろう。それなのに、実は生前、極悪人でしたじゃまずいじゃないか。臭いものにはフタをしなくちゃならない。陛下のお友達ってことにしたら、あれこれ詮索するやつもいないからな」
俺は、どうしてもそうだとは思えなかった。
「だって、命がけで殿下を守ったんだよ? 単なる忠誠心だけじゃ、とてもじゃないけどできない。俺だったらまず、やらないな」
少なくとも、ヴァーツァ・カルダンヌの方は、殿下に友情を感じていたことは間違いないと思う。
「それはそうと、浄霊には、遺体が必要だろ?」
俺の気が変わらないうちにとばかりに、さっさとジョアンが話を進める。
「どうしても必要ってわけじゃないけど、あった方が話は早い」
抜け出して悪さしている霊魂を、遺体に呼び戻し、封じこめればいいのだ。そして遺体ごと処理する。霊魂だけを相手にするより楽だし、仕事が進めやすい。
「ヴァーツァ・カルダンヌの死骸は今、この辺りにある」
ごそごそと胸の隠しから地図を取り出し、ジョアンは指さした地名を俺は読み上げた。
「エシェック村……」
王国の北西の国境近く、去年、蛮族が押し寄せて来た地方だ。王子だったアンリ殿下を助け、カルダンヌ公が殺された村でもある。
俺は首を傾げた。
「だが、公爵の墓は、霊峰ベルナの頂に造るんだよね?」
自分を庇って戦死した「親友」カルダンヌ公の墓を、アンリ殿下(今では陛下だが)は、我が国で一番高い山の上に造ると公言した。だから当然、遺体もそこにあるのかと思ってた。俺だけじゃない。みんなそう思っている。
「霊廟を現在鋭意建設中だ。立派な墓だから、造営に時間がかかるのだそうだ」
「なるほど。まだ村に安置されているんだね」
「安置というか……」
どうも歯切れが悪い。俺は首を傾げた。
「さっき、この辺りって言ったな? 辺りってどういうこと?」
「この辺りはこの辺りさ」
「それじゃわからない。所番地とか、もっと詳しく」
「つまり、公の死骸は行方不明というか……」
「盗まれたの?」
死体泥棒? ぞっとした。
「違う」
即座にジョアンが否定する。
「まさか、自分で移動したとか!?」
王都を呪うほどの霊能力者なら、アンデッドとして動き回ることだって、充分あり得る。そうなったらやっかいだ。死なないやつなんて、エクソシストの俺といえど、ぞっとしない。どう対処したらいいかわからないし。
再びジョアンは、力強く首を横に振った。
「違う。言ったろ。彼の屍は、行方不明になってるんだよ」
ジョアンの話をまとめると、こうだ。
蛮族との戦闘で、現場は大混乱だった。もちろんペシスゥス軍は勝利したが、慌ただしく軍が引き上げた後もまだ、混乱は続いていた。
一年経ち、祈祷師がカルダンヌ公の霊障を指摘した。慌てて彼の遺体を探したのだが、どこにあるのか、皆目わからない……。
「そういうわけで、カルダンヌ公の遺体は現在行方不明というわけだ」
俺は呆れた。
「行方不明?」
「ただ、エシェック村のどこかにあることだけは間違いない。と思うぞ。多分」
ジョアンの最後の方は、心もとなげだった。




