48 空中庭園
「東棟ではない。西棟だ」
招待状を見せて、歩き始めた俺を、警備員が引き留めた。
「え?」
一般に開放されているのは東棟だ。王族のプライベートルームのある西棟は、一般客は立ち入り禁止のはずだ。
「シグモント・ボルティネ様ですね?」
そこへお仕着せを着た侍従がやってきた。軽く警備員を睨む。尊大だった警備員が、急に縮こまって見えた。
「こちらです。どうぞ」
侍従は、俺の右斜め前に立って歩きはじめる。
「会場は屋上になっています」
そうか。屋上は一般にも貸し出されるのだな。建物内に王族のプライベートルームがあっても、出入り口さえ固めておけば、屋上からは侵入できないからな。
納得はしたものの、この建物は5階建てだ。屋上へ上るのには体力がいる。
前方に階段が見えたのでそちらへ向かおうとしたら、引き留められた。
「屋上には、こちらで参ります」
四角い、箱のようなものの中に入れられた。中に椅子が入っている。俺が座ると、箱の外で侍従が一礼した。入り口の扉が閉められる。
少しすると、体が浮遊するような感覚があった。箱が上昇しているのだ。
そういえば宮殿には、滑車の原理で人を上へ運ぶ機械があると聞いたことがある。でもあれは、特別な賓客にしか使われないと思っていたけど……。
ふわりと箱が止まった。扉が開く。
扉の外は、別世界だった。一面に花が咲き乱れ、足元は芝生で覆われている。まさに空中庭園だ。
呆れたことに、遠くに噴水まで見える。いったいどうやって水をここまで引き上げるのだろう。
でも、そういうことを考えることができたのは、ずっと後のことだった。扉が開いた途端、大勢の女性がこちらを振り返った。ドレス姿の令嬢たちだ。彼女たちの目が、ぎろっと光った。
「シグモント・ボルティネ様!」
箱の外にいたモーニング姿の従者が呼ばわった。
途端に、令嬢達たちが駆け寄ってきた。
「シグモント様。私にも恋文を書いて下さいな」
「私にも!」
「私も、あやかりとうございます」
ん? あやかるって……。
「こんな素敵な方だったなんて。いいえ、私はシグモント様ご本人からのお手紙が欲しいわ」
「わたくしにも、是非!」
「みなさん、おずるいです。私が先ですわ!」
たじたじと俺は後じさった。香水の香りがどっと押し寄せてきて、息が詰まりそうだ。
大勢の令嬢に押しまくられ、俺は徐々に後退していった。ついにテーブルにぶち当たり、それ以上後ろへ下がれなくなった。
チャンスとばかり、令嬢達が群がって来る。
後ろは、マフィンやサンドイッチが所狭しと並んだテーブル。絶体絶命だ。
「さ、シグモント様、こちらへ」
ピンクのドレスの令嬢に強引に手を握られ、連行された。
空中庭園には、なぜか、書き物机が用意してあった。ペンやインク、高価そうな用紙まで、たっぷり置かれている。
令嬢たちは、きゃっきゃとはしゃぎながら、俺を机の前に座らせた。楽しそうに手を取り、ペンを握らせる。
「さあ、シグモント様、御覚悟なさいませ。私たちへの恋文を書いて頂きますわ」
え? 彼女たちへの恋文? いったい誰から?
いや、聞き間違いだろう。俺の職業にはラブレターの代筆も含まれる。最近は、依頼人の数も増えた。令嬢たちは、そんな評判をどこかで聞きつけたのだ。
「書いて下さるまで、逃がしませんことよ」
群がる令嬢たちがにたりと笑った。正直、微笑むトラドより怖かった。




