4 史上最凶の極悪人
霊障とか、呪いとかいう言葉が出てきた時から、こうなることを予感していた。恐れていたと言っていい。
「だが俺は、浄霊からは足を洗ったんだよ?」
とある事件を最後に、俺は職を捨てた。友を捨て(たつもりだが、なぜかジョアンだけは俺から離れて行かなかった)、家を捨て、下町に流れて来た。声や生活音筒抜けのこの陋屋で、隣人たちとケンカしながら、楽しく暮らしている。
俺がそういうと、ジョアンは目を瞋らせた。
「何を言うか。お前ほどの能力の持ち主を、こんな長屋に埋もれさせておくわけにはいかない」
「長屋って言ったな。大家さんに失礼じゃないか」
「長屋だろ? それも超絶ビンボーなボロ長屋だ」
「まあ、そうだけど。でもさ。本人が前の仕事に戻りたくないって言ってるわけだから」
「ひとごとみたいな顔をするな!」
叱りつけてから、ジョシュアは空になった俺のカップに茶を注ぎ足した。ふわっと立ち上る香気が鼻孔をくすぐる。
「なあ、シグ。あれから随分時間も経った。お前の心の傷も癒えただろう?」
「……」
俺は答えなかった。ジョアンがため息をついた。
「実は、この件では謝礼が出ることになっている。手付けで成功報酬の半額が出る」
「ほぉ」
「しかも、失敗しても手付け金は返さなくていい」
「ふうん」
それこそひとごとだ。
「俺は金では動かないよ?」
だからこんな貧乏暮らしをしているわけで。
ジョアンは茶菓子をバリバリ食べた。油で揚げた餅菓子だ。安いので買いおいている。そしていつもジョアンに食べられてしまう。
「知ってる。金を貰うのはお前ではない。修道院だ」
「修道院だって!?」
「そうだ。俺たちを育ててくれた修道院だ」
俺とジョアンは、みなしごだ。捨て子ともいう。俺たちは、国境の外れの修道院で育てられた。砂丘に聳え立つごつごつとした岩場、それをうまく利用して作られた修道院で。
けれど、僧侶になることは強制されなかった。俺は12の年に外へ出て、軍に入った。1年先に入隊していたジョアンが呼んでくれたのだ。
数年後、俺は軍を辞めて下町に流れ着いたが、ジョアンは、未だに軍にいる。
「あの修道院が廃止の危機にあるのを知ってるか?」
「なんとなく」
噂には聞いていた。しかし、俺に何ができる? 俺はしがない代筆屋だ。
「浄霊の報酬は、修道院再建に宛てられる。修道僧たちには、岩を利用した寒くて不便な居室ではなく、快適なアパルトメントが提供される。修道院長ももう、いいお年だ。温かい住居で、安楽に暮らしてもらいたいじゃないか」
「それは……そうだけど」
俺の今は、修道院長のおかげだ。かろうじて仕事を得て飢えずに済んでいるのも、彼が無理やり授けてくれた読み書き能力のおかげ。
「お前には、できることがいっぱいある。修道院を救うことは、そのひとつだ。もう一度、その能力を使ってみろ」
「……」
「人の為に使うのだ。恩のある修道院の為に。何をためらうことがある?」
「……」
「お前が浄霊すれば、都の人々も安心するだろう。ペシスゥスの人々がこの冬を乗り切ることができるよう、浄霊師としてのお前の能力が必要なんだよ!」
熱心に口説く長年の友に、とうとう俺は絆されてしまった。一度きりなら……そうしたらまた、ここへ戻って来て今まで通り穏やかに暮らせばいい。
ためらい、いいかけた途中で何度か止めた後、とうとう俺は言った。
「……ヴァーツァ・カルダンヌというのはどういう男なの?」
「引き受けてくれるのか?」
ジョアンの目が輝いた。
「一度きりなら」
「うん、一度きりだ」
頼もしくジョアンが太鼓判を押す。俺はジョアンを信じることにした。
「なるほど、相手を知ることは重要だ。カルダンヌ公のことを詳しく知りたいんだな? 優しいお前のことだから、おおかた、彼が善人だったらどうしようと迷っているんだろ?」
俺が優しいかどうかはさておき、ジョアンの言う通りだ。
やむにやまれぬ霊障だったら、取り除くべきではない。無念を思いっきり発散させてやらなければ、霊は永遠にあの世とこの世の狭間を彷徨うことになる。
そうなったら、当人にとって地獄だ。
にっこりとジョアンは微笑んだ。
「安心しろ。ヴァーツァ・カルダンヌは正真正銘の極悪人だった。生きているうちから悪魔だったといっていい」




