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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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37 紫の瞳

「今」に戻ります。療養中の離島のヴァーツァの屋敷で、ヴァーツァは、シグモントと向かい合っています

 ……。


「俺は、死んだ兵士どもを蘇らせ、彼らを率いて最前線に立った。敵の死骸も使ったから、その数は莫大なものとなった。まあ、大して強くはないがな。だが斬られても斬られても、やつらは敵に立ち向かっていくことができる」


 敵味方の軍服が入り乱れたゾンビの群れ。決して強いわけではない。けれど彼らは死なない。剣で斬りつけられても起き上がり、立ち向かっていく。

 虚ろな死者の顔をして。

 俺は、敵に同情した。気の毒に、彼らの恐怖は相当のものだったと思う。


「だが、アンリ殿下の軍の再編はなかなか進まなかった。俺一人の魔力には限界がある。俺はあせった」

「貴方は軍のどの辺にいたの? あなたの率いるゾンビ軍の」

 書類から目を上げ、聞いてみた。

「ゾンビどもの後ろ寄りにいたと思う。背後からゾンビの群れを鼓舞していたのだ」

俺はペンを置いた。

「ちょっと背中の傷を見せて」

「いいよ」

 ヴァーツァの顔が輝いた。恥知らずな男は嬉しそうだ。

「とうとうその気になったか、シグ」

「違うよ」

 俺は立ち上がり、彼の後ろへ回った。シャツをめくりあげる。

「意外だ。お前、結構あけすけなところがあるな。だが、新鮮でいい」

「だから違うって!」


 俺は仔細に、ヴァーツァの背中の傷を調べた。


「ヴァーツァ、ゾンビの兵士って、騎兵なの?」

「いや。全て歩兵として使った。馬を蘇らせるくらいなら、一人でも多くの兵士を使いたかったから」

「そうか……」


 傷は上が浅く、下が深かった。上から斜めに大きくざっくりと皮膚を切り裂いた痕だ。

 ……上から下へ。

 ヴァーツァは馬に乗っていた。当時ヴァーツァの近くにいたのは、歩兵だけ。

 けれどこの傷は、ヴァーツァと同じように馬に乗った者にしかつけられない。つまり、騎兵だ。

 ヴァーツァの率いるゾンビ軍の後方では、アンリ殿下の軍が再編成を行っていた。ヴァーツァの背後に騎兵がいたとしたら、それは、アンリ殿下の騎兵に他ならない。


 陛下の騎兵が、ヴァーツァを襲った?

 背後から、こっそりと。卑怯者のように。


 まさか。

 でも、それしか考えられない。「背後から彼を襲える騎兵」は、「アンリ殿下の騎兵」だけだ。

 軍の指揮官(ヴァーツァ)の斬殺。それは、紛れもなく陛下の御下命だったろう。


 静かにシャツを元に戻した。


 ヴァーツァは不満そうだ。

「なんだ、もう終わりか? 俺の肌を見ても、何も感じないのか」

「ヴァーツァ」

 前に回り、紫のその目を覗き込んだ。光の加減か、赤と青が交互に明滅しているように見える。それは、彼の欲望なのだろうか?

「王都へは、行かない方がいい」

「君がそう言うなら」

浮き浮きした声が痛ましい。

「アンリ陛下に会うのも止めた方がいい。貴方が生きていることも、当分は伏せておくべきです」

「それはできない」

今までに聞いたこともない、きっぱりとした拒絶だった。

「俺は陛下の忠実な臣下だ。俺は彼に忠誠を誓った。昔からの親友でもある」

「陛下は君の親友なんかじゃない」


 言うべきではなかったのかもしれない。けれど、言わずにはいられなかった。

 下宿でジョアンから、ヴァーツァと陛下が親友同士だと聞いた時から、強い違和感を感じていた。その違和感の正体がやっとわかった気がする。

 麾下の騎兵に命じて、背後から斬りつけさせる。

 親友のやることではない。


「陛下は俺の親友ではない? 何を言うんだ」

 紫の瞳から明るい明滅が失われた。冴えたヴァイオレットに収斂していく。

 けれど彼は、真実を知るべきだ。

「貴方の()は、戦場に置き去りにされていた。あんなに寂しい、廃村になった村に」


 人っ子一人いないエシェク村に、置き去りにされ、忘れられた。

 陛下を救った英雄の柩。彼は、陛下の「親友」だったというのに。


「貴方のお陰で、軍は再編し、蛮族に勝利した。でも、その手柄は全て陛下のものだ。貴方については、ただ、殿下を庇って戦死した、と伝えられただけ」

「それでいい」

「よくないよ! 貴方がいなかったら、ペシスゥス軍は負けてた。陛下だって、どうなったことか。その責は全て、陛下の見通しの甘さにある。貴方が分遣に反対したというのに、彼は強行した」

「戦争は、そうそう思いどおりにはいかないさ」


 あくまでヴァーツァはアンリ殿下を庇おうとする。二人の絆の強さ……というか、ヴァーツァの陛下への想いに、心がかき乱された。


「でも陛下は、戦闘の後、全てを部下に任せきりで、貴方の()()の所在さえ、気になさろうとしなかった。そして、忘れてしまったんだ。王都を『霊障』が襲うまで」

「だってアンリは、俺の墓を建造中なんだろう? どこだかに、無駄に立派な霊廟を」


 ヴァーツァが言い返す。彼は必死だった。自分の言葉に縋ろうとしているようにさえみえる。

 そんなにも彼は、アンリ陛下を慕っているんだ……。


「霊峰ベルナの頂、一年中、雪と氷に閉ざされた高山のてっぺんです。そんなとこ、滅多に行けるもんじゃない。陛下は、貴方の墓を、軍の仲間やペシスゥスの民から隔離しようとしたんだ。君を、一人ぼっちで葬ろうとした」

 それしか考えられない。

「けれど、貴方の()()は、エシェク村に置き去りだった。墓を造ることは造ったが、肝心の()()の所在がわからない。これが、()()のすることですか?」

「黙れ!」


 紫の瞳が俺を睨みつけた。


「シグモント、いくら君でも、そのようなことを言うのを許すわけにはいかない。そのような……アンリ陛下を侮辱し、陛下が俺に賜ったかけがえのない友情を貶めるようなことを。即刻この場から立ち去るがいい」


 息詰まるような殺意が感じられる。それは真っすぐに俺へと向けて放たれていた。ヴァーツァは本気だ。本気で俺を殺そうとしている。アンリ陛下の彼への友情に疑問を呈した俺を。


 ……ヴァーツァは陛下を選ぶのだな。俺への信頼より。


 ずくりと胸が痛んだ。

 踵を返し、その場を立ち去った。





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