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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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34/64

34 雇用


「霜下りる月も終わるというのに、今年は随分と温かいな」

 後ろを歩く俺に、ヴァーツァのつぶやきが聞こえて来た。

「ご覧。まだダリアの花が咲いている」


 太陽の光は暖かかった。空気は澄んでおり、青く高い空には、雲一つない。

 ヴァーツァがオレンジの花に触れた。不意にいたずらっ子のような顔になった。


「君はまだ、霜下りる月のこの暖かさが、俺のせいだと考えているのかい? 例年と違う、明らかな異常気象を」

「……いいえ」


 だってヴァーツァからは、何の悪意も感じられない。生霊にしろ死霊にしろ(彼は生きているが)、彼は祟るタイプではない。

 青空に向かってうーんと大きく、ヴァーツァは伸びをした。


「そろそろ王都へ行こうと考えている。アンリ陛下に拝謁し、俺がこうして元気でいることをご報告申し上げなくてはならない」


 そんな気がしてた。これは、ヴァーツァからのお別れの言葉だ。

 寂しい。でも、仕方がない。王都に行けば、選択肢はたくさんある。ヴァーツァほどの人が、俺なんかを選ぶわけがない。


「ん、どうした、シグ?」

「なんでもないです」

「そうか。なんだか顔色が悪いけど。だが、王都へは行かなければ。人々を恐慌に陥れた霊障は、俺の仕業ではないことも証明しなければならないからな」

「ヴァーツァ。ニンニクってある?」

「あるだろ。コックに聞いてみろ」

「少し貰っていい?」

「構わないが、ニンニクなんて持っていくな。トラドが恐慌をきたす」


 そのトラドから身を守る為に、ニンニクが必要なのだが。だってヴァーツァが俺を手放したら、即座にトラドが吸血鬼一族へと勧誘に来る。

 こんなに美しい人と、いつまでも一緒にいられるわけがない。ヴァーツァの庇護というか、執着が失われたら、俺は、トラドさんに血を吸われて、吸血鬼になってしまう。

 そんな運命は願い下げだから、ニンニクは、どうしても必要だ。


 立ち止り、ヴァーツァが俺の目を覗き込んだ。紫色の目が眩しい。

「来週、俺は王都テュイルへ行く。もちろん、君も一緒だ」

「なんで!」

 当然俺は、家に帰るのだと思ってた。あのごみごみとした下町の長屋に。

「なんでって。俺がいる場所が君の居場所だ。それ以外の説明が必要か?」


 説明ならたくさん必要な気がする。だが、ヴァーツァには解説する気はなさそうだ。彼は俺が一緒に王都へ来ると決めつけ、何の疑いも抱いていない。


「いや、でも、僕、ほら、そろそろ働かないと」

 これ以上、ヴァーツァと一緒にいるのは危険だ。彼から離れられなくなりそうで怖い。俺は彼の前で、醜態をさらしたくない。

「仕事?」

ヴァーツァが眉を吊り上げた。

「ラブレター書きか?」

「ラブレターの他も書いてます!」

脊髄で反射してからはっとした。

「なぜ知ってるの?」

「調べたから」


 一片の疚しさもなく、さらっと言ってのけた。


「君に関することは、大方、調べておいた。貧乏長屋に住んでいることも、大家に可愛がられているのはいいが、いや、よくない。だが、大家は年寄りだ。問題は、その孫の若い男がやたら顔を出してくることだ。全くけしからんことだ。それに、ちょくちょく訪れる友人の男がいることも知ってるぞ。これはもう、許すことができん。そのうちに……」


 そこから先は、小声でぶつぶつ言っているので聞き取れない。それより、俺は憤慨していた。


「ひどい。勝手に人のことを調べるなんて」

「なんで? 滞納していた家賃、払っといてやったぞ」

「ありがとうございます」


 思わず礼を言ってしまう自分が悲しい。全て貧乏が悪いと思う。

 ヴァーツァは嬉しそうだ。くふんと鼻を鳴らした。


「あんなボロ屋、本当は解約しちまおうと思ったんだ。だって君は、俺のとこで暮らすんだからな。でも君は、あの部屋を随分気に入っているようだから、そのままにしておいてやったのだ」


 もっと感謝しろとばかりに胸を張る。


「でも僕は、貴方と暮らすわけにはいきません」

「なんで?」

「だって僕は、浄霊師(エクソシスト)です。死霊使い(ネクロマンサー)の貴方とは真逆の存在です」


 四角ばって主張する。このくらいの虚勢は張らせてほしい。貴方は僕を手放すだろうけど、僕は貴方と離れたくない、なんて言えない。

 ヴァーツァが首を傾げた。


「真逆でもないと思うぞ。悪霊を祓うか使うかの違いにすぎないだろ?」

 言われて俺は考えた。真逆でなくても、大分違うと思う。

「それに浄霊の方は開店休業状態だろ? 今の君の仕事は、ラブレターの代筆だ」

「公文書作成も請け負ってます!」

「なら、俺が雇おう」

「は?」


ヴァーツァはぽんと手を叩き、俺は呆気にとられた。


「王都に行けば、提出しなければならない書類が山ほどあるんだ。戦争の報告書もまだ出してないし」

「そりゃ、まずいですね」


 アンリ陛下は几帳面な方だと聞く。報告が遅れたら怒るだろう。

 わが意を得たりとばかり、ヴァーツァはにっこりと笑った。眩しい。


「君が書くんだ」

「え?」


 頭がついていかない。ヴァーツァが一人で話を進める。


「そうと決まったら、早速書斎に戻ろう。特に、戦争の報告書は急がなくてはならない。なにしろ、もう一年もほったらかしにしてたわけだからな!」






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