表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/64

33 見果てぬ夢


 その晩のことだ。

 なんとかヴァーツァをベッドに押し込み、自室に戻ると、黒い影が揺らいでいた。

「シグモント・ボルティネ様」

「トラド! 久しぶりだね!」

吸血鬼のトラドだった。


 夜中に活動する彼とは、滅多に顔を合わせることがない。以前は、獲物を仕留めてきた彼と話すこともあったが、この頃、狩りには、あのケビンという使用人が行っているようだ。

 もちろんケビンには、あれから弓を射掛けられたことなどない。俺を見かけると、帽子を取って挨拶してくれる。

 トラドは、夜行性の獣ばかり仕留めて来たが、昼間狩りをするケビンは、ウズラやキジなどの鳥を多く仕留めて来た。鳥は、獣より消化がいいような気がする。


「貴方にお願いがあってまいりました」

恭しい口調でトラドが言う。

「お願い? なんでも言ってよ」

 使用人たちが地下にいた間、トラドには世話になった。

「どうか、ご主人様のそばにいて差し上げて下さい」

「……は?」

唖然とした。

「シグモント様がいらしてからというもの、館の使用人たちは、安心して過ごすことができます。失敗をしても斬り付けられることがなくなりましたゆえ」

「………………」


 ゾンビに人格がない、なんてのは嘘じゃないか。力いっぱい、俺は思った。彼らは、横暴なヴァーツァを恐れていた。

 人格というのが言い過ぎでも、切られるのはいや、斬首は怖い、という感情の切れ端のようなものはあるのだ。


「シグモント様のおかげで、屋敷の中の雰囲気はとてもよくなっております。ゾンビ共も不必要に怯えるのは止め、各自の仕事に邁進できるようになりました。ひとえに、貴方様のおかげでございます」

「それは、使用人のみなさんがそうおっしゃっているのですか?」


 トラドは吸血鬼だ。ゾンビの気持ちなどわからないかもしれない。以前と比べ、使用人たちが安心して過ごしているというのは、彼の推測に過ぎないのかもしれないと思い、聞いてみた。


「さようにございます。特にメイドのキャサリンは、シグモント様に心酔しております。あまりに心酔しているので、ご主人様のお怒りを買ったらいけないと思い、わたくしから叱りつけておきました」

「……はあ」


 キャサリン……いつもお茶を持ってきてくれるあの女の子だな。断っても、毎回、着替えを手伝おうとするあの子だ。


「斬首を免れたケビンも、貴方様の為なら身命を捧げると申しております」

 それはどうだろう。身はともかく、命って……。


「お気づきになりましたか? |ヴァーツァ・カルダンヌ公《ご主人様》におかれましては、この頃、とても朗らかであられます。これは、未だかつてなかったことです。お館を覆っていた恐怖の雲は晴れ、ゾンビ共は、この上もなく晴れやかな気持ちで毎日を送っております。これすべて、シグモント様、貴方様のお陰でございます」

「いや、俺はなにもしていないよ?」

「ご主人様のおそばにいらっしゃるだけでよろしいのです。貴方様はご主人様の鎮静剤、夢、希望……」


 そこでトラドは言葉に詰まった。


「失礼致しました。吸血鬼の身では、明るく前向きな言葉を探すのが苦手なのでございます。鎮静剤というのは、明るい言葉でございますか?」

「う、うん、多分」


 俺がヴァーツァの鎮静剤というのは解せないが、トラドの言いたいことはわかった気がする。もちろん、過大評価であることに違いはないけど。


「でも、ずっとここにいることはできないよ。俺の家は別にある」

「そこは、貴方様にとって居心地のいい場所でございますか?」


 トラドに言われ、はっとした。

 それだけ、今の俺にとって、この館は居心地のいい場所になっていた。

 荒れ狂う海の真ん中にある、孤島、そこにそびえるこの屋敷が。

 ヴァーツァのいる、この館……。


「失礼致しました、言い過ぎましてございます。貴方様のお屋敷は、きっと素晴らしいに違いありません。ですが、」

 ここでトラドはにたりと笑った。

「シグモント様がご主人様を離れられるその時には、必ず、このトラドが貴方様の元を訪れます。わたくしは、その日をとても楽しみにしております」

「トラドさん。それは、どういう……」

「貴方はわたくしの一族となるのでございます。わたくしとともに、暗黒の世界を生きてまいりましょう」


 トラドの口からは、鋭い犬歯が覗いている。

 え? 今俺、吸血鬼から勧誘された?


「いや、それ、ちょっとご辞退申し上げたいというか……」


 婉曲に断るにはどうしたらいいんだ?

 トラドはしつこかった。


「わたくしが決めました。貴方様に選択権はございません。()()()()()()()でなければ、シグモント様はわたくしのものです」


 そんな。

 ヴァーツァは、簡単に俺を手放すと思う。そもそも二人の間には何も起こっていないのだし。

 そしたら俺、吸血鬼になっちゃうの?


 ふうっと、深いため息が、トラドの口から洩れた。

「見果てぬ夢を語ってしまいました。申し訳ございません。ですが、ご安心なさいませ。ヴァーツァ様は決して、貴方様をお放しになりはなさいませぬゆえ」


 謎のような言葉を残し、トラドの姿は消えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ