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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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30 射掛けられた矢

「どうだ? 腹ごなしに庭を歩いてみないか?」

 朝食の後、ヴァーツァが誘った。


 気持ちのいい晴天だった。こんな日に日光を浴びないのは、もったいなさすぎる。散歩は、回復期のヴァーツァにとっても良いと思う。彼はすっかり元気になっているが。

 二人で庭に下りた。ヴァーツァのあとについて歩く。


「シグ、なんで俺と並んで歩かない?」

 振り返り、不服そうにヴァーツァが尋ねる。

「貴方のお庭ですから」

「君は俺の客人だ。俺の隣を歩くがいい」

 冗談じゃない。こんな美しい男の隣なんか歩けるものか。

「道がわからないので、後ろから付いて歩く方が楽です」


 ちっ。

 軽い舌打ちが聞こえた。

 舌打ちは下品だと揶揄する暇もなく、腕を掴まれた。


「なっ、何するんです!」

「いいから、俺のそばを歩け!」


 引っ張られ、体がよろめいたその時だった。

 俺の頬のすぐそばを、何かが、しゃっと音を立てて通り過ぎていった。

 少し遅れて、前方にあった樫の木の幹に、びいいん、と音を立てて何かが突き刺さった。

 矢だ。

 たった今まで俺が立っていた場所を、矢が通過していったのだ。

 頬を生温かいものが流れる。


「シグ!」

「え?」

 ヴァーツァのあまりの剣幕に驚いて頬に触れると、赤くねばつくものが手に付着した。

 血だ。

 そのまま強く抱き寄せられた。

「ちょっと、血が貴方についてしまう」

抗議したが、無視された。放すまいとでもするかのように、固く抱きしめられた。


「そこにいるのは誰だ!」

 胸郭越しに、ヴァーツァが怒声を上げるのが聞こえた。

 がさがさと音がして、目の前の藪から、男が表れた。大きな弓を手に、矢筒を肩に背負っている。

「お前か、ケビン」

 ヴァーツァが名を呼んだ。ぞっとするほど冷たい声だった。


「はい、旦那様」

ケビンと呼ばれた男は頭を下げた。

「お前が矢を射たのだな」

「はい」

「シグを狙ったのか」

「いいえ。わたしが狙ったのは鹿です」

「だが、矢はシグに当たるところだった。見ろ。頬に血が……」

ヴァーツァは声を詰まらせた。

「そこへ直れ」


 言われてケビンは土の上に平伏した。

 嫌な予感がする。以前、ヴァーツァは、トラドを「消」そうとした……。


「君は、見間違えただけだ。そうでしょう、ケビンさん」

急ぎ俺は割って入った。考えがあってのことではない。ただ、この人をひどい目に遭わせたくなかっただけだ。

「はい」

ケビンが答える。

「ほら。ケビンさんは俺を鹿と間違えたんだ」

俺はヴァーサを振り返った。


 庭は、長年手入れをされず放置されていて、見通しが悪い。それに俺は、地味な色の服を着ていた。獣と間違えられても無理はない。

 僅かにケビンが頭を上げ、俺を見上げた。その顔には、何の表情も浮かんでいない。


「使用人には厳格に対応する必要がある。ましてや君を傷つけるなど、もってのほかだ」

「だから、僕は何でもないっていってるでしょ」

「なんでもないことはない」


 断固として言い放ち、ヴァーツァは俺を後ろへ押しやった。

 はっと見ると、いつの間にか彼の手には、剣が握られていた。邪悪な念を感じる。これは、黒魔法の剣だ。


「ヴァーツァ、止めろ!」


 叫ぶ間もなかった。

 剣は振り下ろされ、ケビンの首が落ち、転がった。

 血は、まるで出なかった。まるで、枯れ枝を切るような乾いた切断だった。


「どうした、シグ。真っ青な顔して」

けろりとしてヴァーツァが聞いた。たった今、使用人の首を刎ねたばかりなのに、何の動揺もしていない。全くの平常心でいる彼が恐ろしかった。

「貴方は……彼を、殺した」

声が震える。

「あたりまえだ。シグは俺の客だ。大切な俺の客に危害を加えるところだったのだ。罰が必要だ」

「でも、わざとじゃないし、僕はなんともない。殺すことはなかったんだ」

 静かな怒りがこみあげてくる。美しいこの男は、どこまで傲慢なのか。


「君はそう言うが、ご覧。血が……」

 爪を清潔に切りそろえた長い指が伸びてきた。反射的に俺はそれを避け、ヴァーツァの指は宙に留まった。彼は肩を竦めた。

「安心しろ。そいつは、最初から死んでる。ケビンはゾンビだからな」

「あ、頭を斬り落とした」

「だいじょうぶ。次に復活させる時につなげておく」

「そういう問題じゃない!」


 思わず叫び、くるりと後ろを向いた。

 ヴァーツァが忌まわしかった。今は一時も一緒にいたくない。

 大声で何か話しかけて来るヴァーツァを置いて、そのまま歩き始めた。






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