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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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21/24

21 あーん


 バタイユの薬湯が効いたのだろう。朝になると、ヴァーツァの熱は下がっていた。

 そしてやはり、俺はどうしても、ヴァーツァを置いて、館を去ることができなかった。

 ここは孤島だが、入江にはボートが係留されていた。割と近くに半島も見える。脱走は簡単だと思われた。けれど、俺にはできなかった。

 具合の悪いヴァーツァを置き去りに、島を出ることが。


 正直、ヴァーツァの看病は大変だった。修道院にいた頃は、仲間の修行者や連れられてきた病人の看病をしたこともある。その俺が言う。こんなわがままな患者はみたことがない。


 エシェック村の公会堂と同じように、台所には、大量の保存食が保管されていた。フクロモモンガのメルルが眷属を動員して、あちこちから運んできたらしい。

 死骸だった時を思い出すとちょっと引くけど、メルルたちが持ちこんだのは、缶詰などの密封された加工食品ばかりだ。どこかから盗んできたのではないかという疑いが、一瞬胸をよぎったが、そこは聞かないことにした。


 自慢じゃないが、一人暮らしをしていたんだ。料理くらいできる。ヴァーツァは出血をしたわけだから、タンパク質が必要だ。けれど、食欲はあるのかな? 豆の缶詰をみつけた。同じく缶詰のソーセージと一緒に煮込んでスープを作る。

 ヴァーツァはずっとガラスの箱で寝ていて、長い間、まともに食事をしていない。消化のいいものを食べさせてあげたい。

 果物の缶詰も開けた。食べやすい大きさにカットして、ゼラチンで固める。これならするりと喉を通るだろう。


 「朝食の時間です」

 湯気の立つ皿を盆に乗せ、そっとドアを開ける。

「要らない」

起き抜けで食欲がないようだ。

「そんなこと言わないで。一生懸命作ったんだから」


 食べて貰えなかったら食材が無駄になる。清貧を旨とする修道院育ちとしては、耐えられないことだ。

 起き抜けで、ヴァーツァの髪は乱れていた。

 ……触りたい。

 だめだ。何を考えてるんだ、俺は。


「シグが作ったのか?」

ベッドから尊大な声が聞こえた。

「はい」

「ふうん。なら食べてもいい。ただし、君が食べさせてくれ」

「ヘ?」

「あーんしてほしい」

「あーん? ですか?」

「そうしてくれないと食べない」


 ちょっとどうしていいのかわからない。だって彼に近寄りたくない。胸がどきどきしてスプーンが震えるに違いない。


 「別に、今食べなくてもいいんです。食べたくなったら食べて下さい」

 盆をベッドサイドテーブルに置いて立ち去ろうとした。熱はすっかり下がっている。一人で食べられないという事はないと思う。


 「待て」

立ち去ろうとすると呼び止められた。

「俺は君の作ったスープが欲しい。あーんをするのだ」

「自分で食べれるでしょ」

 頬が赤らむのを感じる。得体のしれない男に、自分の気持ちを悟られたくない。

 紫の瞳が青みを帯びた。

「優しくしてほしい」

 自分の魅力を知っている男は、どうやら泣き落とし作戦に出たようだ。

「俺は大怪我をして死にかけた。まだ完全に治っていない。だから、どうか優しくしてくれ」

「うーーーーー」


 俺は低く唸った。他にどうしていいかわからない。


「そもそも君が余計なことをしなければ、俺はまだ、療養箱の中で眠っていたはずだ。君が俺を起こしたんだよな。眠っている俺にキ、」

「やります! あーんでもなんでもやりますから!」

 悲鳴のように叫んで、俺はスプーンを手に取った。

「はい。あーん」

棒読みのようだ。わざとやっているわけではない。声の震えを隠すにはそれしかない。

「あーーーん」

 ヴァーツァのは絶対わざとだ。言いながら、大きく口を開けてた。

 差し出したスプーンは、プルプル震えた。

「あっ! ごめんなさい!」

 震えるスプーンがヴァーツァの頬を直撃した。

「構わない」

 ヴァーツァは自分で頬を拭った。次の瞬間、彼はスプーンを握った俺の手を取り、ぺろりと嘗めた。

「な、なにをするんです!」

「君の指にもスープが飛んだから」

 けろりとしてヴァーツァが答えた。

「こ、困ります。こいうことは……」

 手の震えがひどくなる。

「なんで? スープを無駄にしたらいけない」

まるでさっきの俺の心を読んだようだ。

「それに、君の手に付いたスープはとてもおいしかった」

「……」


 揶揄われているに違いないと思った。

 気を取り直してスプーンを握り直し、ヴァーツァの口に突っ込んだ。今度は、見事口の中に入れることができた。ヴァーツァは不満そうに、押し込まれた青エンドウを飲み込んだ。

 スープを完食したヴァーツァはおかわりを要求した。鍋に残しておいた分まで食べ尽くし、ようやくデザートのゼリーに移った。





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