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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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18 執事の狩り


 「シグモント・ボルティネ様」

 俺のすぐ横には、黒っぽい服に身を包んだ男が立っていた。がりがりに痩せて、背が高い。


「だ、誰だ!」

灯りを向ける。暗がりに青白い顔がぼう、っと浮かび上がった。


「執事にございます。トラドとお呼びください」

 眼窩が深く落ちくぼみ、犬歯が異様に大きく見える。

「地下室へ行かれましたか?」


「……いや。ドアが開いてるか確かめただけ。気まぐれで」

 精一杯の嘘を重ねる。たくさんの柩を見たことバレたら、俺は殺されるのだろうか。

「湿気や虫が入ります。扉はきちんとお閉め下さい」

 俺が飛び出してきたばかりのドアを、トラドは、ぎぎぎ、と音を立てて閉めた。

 特に疑っている風もない。よかった。執事は俺が地下室から出てきたところを見てはいなかったようだ。


「何かご覧になりましたか?」

背中を向けたまま尋ねる。

「なっ、何もっ!」

精一杯、否定した。とてもじゃないけど、たくさんの棺桶を見ました、などと言える雰囲気ではない。

「それはようございました」


 ドアを施錠し、執事は振り返った。最初から鍵をかけておいてくれたらよかったのに、と思った。

 不意に執事がすり寄って来た。


「とてもいい匂いだ。シグモント様。あなたはとてもいい匂いを放っていらっしゃる」

「あ……」


 もしかして、地下室の死体の匂いが移ったとか?

 ぞっとした。

 でも、いい匂いって言ったよな。しかも二度も。ありえない。もしかして、変態さんとか? あのカルダンヌ家の執事だ。変で普通なのだ。

 混乱の中で、激しく自分を呪った。そもそもこの館を逃げ出すつもりだったのに、のこのこ地下室へ行くなんて。


「ところで、このような夜半にどちらへ?」

何心無いという風に執事が尋ねる。

「すっ、少し外の空気が吸いたくて」

「それはようございました。幸い私の勤務時間は終わりました。よかったら、御一緒しましょうか?」

「いやっ、いや、いい」


 力いっぱい断った。早くどこかへ行って欲しい。


「ご遠慮なさらずとも」

「貴方には貴方の用があるでしょう?」

 トラドが自分のことに気持ちをそらせてくれることを願った。

「はい。これから狩りに参ります」

「ふ、ふうん」


 外出するなら好都合だ。一度部屋に戻って、出直せばいい。地下室へ寄り道した分のヘマも取り戻せるというものだ。

 それにしても……。


「狩り? こんな夜中に?」

思わず問いかけると、トラドはにたりと笑った。

「さようでございます。ですが、外出の必要はなくなりました。こんな素晴らしい獲物が間近にございましたゆえ」


 手首をがっちりと握り込まれた。電光石火の速さで俺の首筋に顔を埋めてくる。逃げる暇もなかった。

 ……獲物?


「ああ、いい匂いだ」

まるで犬のように鼻をクンクン鳴らしている。

「あの、ちょっと、執事さん?」

「トラドにございます」

「それじゃ、トラドさん。いったい……」


「何をしている!」


 雷のような声が聞こえた。比喩ではなく、本当にあたりの空気がびりびり震えたくらいだ。

 目の前に立ちはだかっていたのは、ヴァーツァ・カルダンヌ公だった。

 どうしてこの家の人間は気配もなく現れるのか。心臓に悪いこと、この上もない。


「これは、公爵様」

 トラドが俺から離れた。そんな執事を、ヴァーツァがぎろりと睨む。

「シグは俺の客だ。手を出すなと言ったろ?」

「申し訳ございません。あまりに良い匂いを放っておいででしたので」

「それは認める」


 俺は、コロンなどはつけていない。俺の収入では、そんなものを買う余裕などない。主従二人の会話は、全くもって意味不明だ。

 ヴァーツァが俺に向き直った。深いため息をつく。


「君に手を出そうとするなんて、本来ならトラドは処分しなければならない。けれど、今、俺の力は弱まっている。思うように使用人を操ることができない。トラドは自ら形を保てる貴重な人材だ。不始末があったからといって、消すわけにはいかないんだ」


 消す、だって?

 よくわからないけど、なんだか物騒なことを口走っている。

 横目で執事を見ると、さっきまでの勢いはどこへやら、しょんぼりと項垂れてしまっている。無表情だけど、見方によっては恐怖に震えているようにも見える。

 少し、気の毒になった。


「トラドさんは何も悪いことはしていません。僕は迷惑なんか少しも被っていない」


 そう言うと、トラドははっとしたように俺を見た。どのみちこの人は、俺が地下室へ下りたとは思っていない。安心しろ、という風に頷いて見せた。

 表情の乏しいトラドの顔に、感謝の色が浮かんだ……ような気がする。


「そうか。君がそういうのならいいんだ」

ヴァーツァがため息をついた。

「確かに今回は、トラドだけが悪いわけじゃない。彼はむしろ、素直に流されただけだ。罪は君にある」

「はい?」


 襲われかけたのは俺だぞ? その俺に一体、何の罪があるというんだ?


「頼むからシグ。フェロモンを垂れ流すのは止めてくれ」

「?」


 フェロモン? なんだそれは。俺は何かを垂れ流した覚えはないぞ。

 しかし、抗議をする暇はなかった。言い終わるなりヴァーツァは、ぐずぐずとその場に崩れ落ちてしまったからだ。




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