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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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16/24

16 ネクロマンサー

 ぐしゃ。

 嫌な音がした。

 壁に血の跡を残し、ずるずるとメルルの身体が滑って床に落ちた。


「メルル!」

思わず俺は叫んで駆け寄った。


 気の毒な小さな体を拾い上げる。

 バタイユのそれは、子どものとは思えない物凄い力だった。いや、子どもだから容赦がないのか。壁に叩きつけられ、メルルの骨は粉々に砕けていた。

「……ひどい」


「全く、兄さんって人は! 僕の見ていないところで羽を伸ばそうなんて!」

 壁にぶつかってひしゃげたメルルなど見向きもせず、バタイユが憤慨している。

「心外な。俺はただ、いかなるチャンスも逃したくなかっただけだ」

ヴァーツァが応じる。

「またそういうことを言う。ますます兄さんには、安静でいてもらわないと。一切の外出は禁止だからね!」

「厳しすぎる。断固抗議する!」

「却下。本当は部屋から一歩も出したくないくらいだけど、新鮮な外の空気を吸うことは必要だ。庭の散歩くらいは許してあげる」

「庭から先は?」

「ダメに決まってる! いい、兄さん。しばらくの間僕は留守をする。今しか採れない薬草を探しに行かなくちゃいけないからね。その間、兄さんは絶対安静、しっかり養生すること。ふしだら厳禁だからね!」


 メルルの死などなかったかのように、兄弟は、バタイユが留守中のヴァーツァの療養について話し合っている。

 強烈な違和感を感じた。

 もはや、死霊とかそういうレベルではない。人間性の問題だ。

 ヴァーツァもバタイユも、俺には到底理解できない種類の生き物だ。

 俺は死んだメルルの身体を手に、部屋を出て行こうとした。


「どこへ行くんだ、シグモント」

 目ざとく見つけ、ヴァーツァが声を掛けて来た。

「メルルを葬りに」

平坦な声で答えた。本当はもう、一言だって彼らと話したくない。

「葬る? 土に埋めるの?」

面白がっているようなバタイユの声。

「そうだよ」

俺の感情は凪いでいた。


 あんなに一生懸命だったメルルを。ヴァーツァの柩にずっと寄り添って、主を守っていたメルルを、バタイユは、まるでゴミか何かのように壁に叩きつけて殺してしまった。そんな弟に対し、何も言わないヴァーツァもヴァーツァだ。

 しょせん、この人たちは人ではない。

 悪霊ではなくとも、人の心を持っていない。


 「土に埋めるのは止めた方がいいな」

 ヴァーツァが声を掛けて来た。

 あまりの薄情さに、ついに俺は決壊した。

「埋葬は、死者に対する礼儀ってものです。ちゃんと葬ってやらなきゃ、メルルがかわいそうです!」

「だが、土に埋めると、かえって手間だぞ」


 意味不明のことをヴァーツァが口走った。まったくもって、理解できない。


「貴方がたにとっては取るに足らない命かもしれないけど、このネズミはたった今まで、生きていたんです。それなのにあんな風に壁に叩きつけて殺してしまうなんて……」


「ネズミじゃありませんです。フクロモモンガですます」

 手の中の毛の塊が言った。

「うわっ!」

思わず俺は、そいつを放り出した。


 浄霊師(エクソシスト)としてあるまじき態度だと我ながら思う。けれど、これは仕事じゃない。俺は完全に油断していた。

 ぺしゃ、っと嫌な音を立てて、毛の塊が床に落ちる。


 「ふふふ。うぶな反応だなあ」

ヴァーツァがこちらを見て笑っている。


 血塗れの毛玉がゆっくりと立ち上がった。死んだネズミが(フクロモモンガか。どっちだっていい)、動いた!

「わあーっ!」

恐怖のあまり大きな悲鳴が迸る。


 ヴァーツァとバタイユは顔を見合わせた。兄が目を細める。

「ほんと、かわいいなあ」

「うん、愛らしいよね」

バタイユが含み笑いを漏らすと、途端にヴァーツァは不機嫌になった。

「シグに手を出すなよ、バタイユ」

「まさか。僕が兄さん一筋なのは知っているでしょ」

そこでバタイユは不気味に笑った。

「でも、つまみ食いくらいならするかもね」


 もはや俺は、カルダンヌ公……カルダンヌ兄弟の黒い噂を疑わなかった。こんなところにいたら、自分の身が危ない。とにかく逃げねば。

 ドアめがけて走り出した時だった。


「俺の看病をする為に、シグにもしばらくはここにいて貰う。誰か彼をお止めしろ」


 揶揄うような声でヴァーツァが命じた。

 なんで俺がこの城に留まらなくちゃならない? 看病? 悪魔みたいなヴァーツァ・カルダンヌと一緒にいろっていうのか?


 逃げたい。なのに、走り出した足がぴたりと止まってしまった。まるで金縛りにあったようだ。

 強張った体を、何かが、たかたかと這い上ってくる。小さな圧力が4つ、足から腰、背中を伝ってよじ上っている。

 メルルだ。

 だがメルルは死んだはずじゃ……俺は確かに確認した。メルルの骨がぐしゃぐしゃになっているのを。

 それなのにしゃべったり、今度は飛びついてくるなんて。半狂乱になって叩き落とそうとする。


「メルル、君は死んだんだ。しっかり自覚して、おとなしくあの世へ行け!」

「それはメルルではございませんです。わたくしめの眷属でございますですな」

 後ろの方で声がする。うtまり、俺の体を這い上がってきているのは、メルルとは別の何かだ。

「ついでながら、シグモント様。村の礼拝堂で貴方様のお掃除のお手伝いをしたのも、わたくしめが集めた眷属どもでございますです」

「へ?」

 そういえば、自分では掃除した覚えのない部屋が、いつの間にかきれいになっていたけと……。


「あなた様の祈りに唱和していたのも我々です」

 確かに、食前の祈りなどでヴァーツァの名を唱えると、ころころという、奇妙な音が聞こえた……。


 「わたくしどもは公爵様のしもべです」

 耳元で違う声がした。何だかがたがたした……声帯が壊れているような声だ。肩に上り着いたそいつに、恐る恐る目を向けると……今度こそ本物のネズミだった。ひどいにおいがする。明らかに腐臭だ。よく見ると、肉がこそげ落ち、白い頭蓋骨が覗いていた。

「お留まり下さいませ、シグモント様。精一杯おもてなし致しますゆえ」


 「つまり、そういうことだ。埋めてしまうと、土から出て来るのに時間がかかるからな。体中泥だらけになるし。そもそもメルルは最初から死骸だったんだよ。死骸を、俺が使役していたのだ。……シグ?」

 膝の力が抜けた俺の身体を誰かが抱き留めた。

「そういえばまだ言ってなかったな。俺はネクロマンサーなのだ」

 気絶する寸前、ヴァーツァが言うのを確かに聞いた。



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