第09章 太陽系移住局・第三窓口
精霊種・非物質知性体
「ねえ」
誰もいないはずの受付カウンターで、
声だけがした。
行政府移住担当者は、
ゆっくり顔を上げる。
「……はい?」
「ここ、移住できるのでしょ?」
軽い。
世間話みたいな調子。
「でさ、私たち、精霊種なのよ」
沈黙。
「あなた、見えてる?」
……見えていない。
「こっちよ」
指を差された気がしたが、
そこには何もない。
「……あー……」
担当者は、
とりあえず正直に言った。
「見えてません」
「やっぱりね」
声は、まったく気にしていない。
「話ができないわねえ。
誰か、いる?」
担当者は、即座に振り返った。
「異星人担当者!
至急、お願いします!」
異星人担当者が入室した瞬間、
空気が変わった。
「……あ」
彼は、
何もない空間を見つめて、首を傾げる。
「どなたさんです?」
「きこえるのね」
声が、少し弾んだ。
「よかったぁ。
私たち、無視されるの慣れてないの」
担当者は、
目を丸くする。
「……今、そこに?」
「いるわよ。
あなたの右、三十センチ」
担当者は、
反射的にずれた。
「失礼」
「礼儀正しいのね。好きよ」
……評価された。
精霊種は、続ける。
「私たちも、移住希望なの」
「……理由を、聞いても?」
「女王様がね、今の場所に飽きたの」
理由が軽い。
「でね、聞いたの。
地球になんとかワールドで、
精霊が住んでる場所があるって」
担当者の脳裏に、
テーマパークという単語がよぎる。
「それが、
とびっきり綺麗で、カラフルな住居でね」
声が、少し陶酔を帯びる。
「女王様、
いたくお気に召されたの」
一拍。
「ここにするわって」
担当者は、
異星人担当者を見た。
「……どう思います?」
異星人担当者は、
しばらく沈黙し、慎重に言った。
「確認します」
空間に向かって問いかける。
「精霊種の方。
あなた方は」
言葉を選ぶ。
「物理的な居住空間を必要としますか?」
「しないわ」
即答。
「じゃあ、
エネルギー源は?」
「感情と環境」
……また来た。
「負荷は?」
「景観が汚れると、ちょっと不機嫌になるくらい」
担当者が、思わず口を挟む。
「……不機嫌になると?」
「嵐とか?」
さらっと言うな。
異星人担当者は、
額に手を当てた。
「女王、というのは?」
「集合意識の中心。
でも、独立した意思もあるわ」
つまり、
国家元首兼自然現象。
「地球側の了承が必要になります」
精霊種は、
楽しそうに言った。
「もちろん。
でもね」
声が、少し低くなる。
「私たち、
拒まれると、土地に定着しちゃうの」
……脅しが自然災害級。
異星人担当者は、
深く息を吐いた。
「条件付き、という形で」
「うん、聞くわ」
「居住は、
指定区域のみ」
「いいわ」
「人間社会への干渉は禁止」
「なるべくね」
濁すな。
「女王の移動は、
事前通告必須」
「努力するわ」
……努力。
沈黙のあと、
端末に表示が浮かぶ。
太陽系移住申請:暫定受理
種族:精霊種(非物質知性体)
居住地候補:地球指定自然・人工複合区域
危険度:評価不能
精霊種は、
満足そうに言った。
「じゃあ、
おねがいね」
「……最後に一つ」
異星人担当者が尋ねる。
「なぜ、太陽系を?」
少し間があった。
「だって」
声が、柔らかくなる。
「ここ、面白そうなんだもの」
担当者は、
椅子に深く座り込んだ。
「……また一つ、
守る理由が増えましたね」
異星人担当者は、
苦笑して答える。
「ええ。
今度は、
見えないものまで」
空間のどこかで、
楽しそうな笑い声が弾いた。
「これから、
賑やかになるわよ?」
……太陽系は、
確実に、想定を超え始めていた。




