第05章 火星軌道
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
例の物体は、結局、一週間後には再び発見されてしまった。
どれほど隠しても、
世界中のプロ天文学者たちが最新の望遠鏡と観測網で空を追っている。
火星付近に奇妙な反射があると分かれば、誰であれ確認する。
そして「それ」が、
かつて太陽系外から飛来したあの物体であることも、すぐに判明した。
先進国の宇宙機関は即座に動き出した。
「詳細観測のチャンスだ」と判断され、
火星探査用に準備していた最新型無人機を急遽転用する形で、
AI搭載探査機の打ち上げが決定した。
本来別の目的、木星圏探査のために準備されていた機体だったため、
装備はすでに万全だった。
人間を火星まで送る余裕はない。
だからこそ、
AIと高精度観測装置を積んだ無人機で
直接接触を試みるという決断になった。
打ち上げから半年。
探査機が火星接近軌道へ入ろうとしていた頃、異変は起きた。
向こうが近づいてきた。
火星周回軌道にいたはずの例の物体が、ゆっくりと、
しかし確実に探査機へ接近してきたのだ。
あきらかに意思を持つ軌道変更、
NASAの管制室は一気に緊張に包まれた。
「ランデブーだ……向こうから来ている!」
緊急態勢に移行しつつも、科学者たちは歓喜を隠せない。
探査機は至近距離での観測に切り替えられ、
搭載カメラは全て最大解像度で撮影を開始した。
スペクトル解析、質量推定、表面構造の走査、
ありとあらゆる手段が総動員された。
物体のサイズはおよそ 1キロメートル。
宇宙船としては巨大とも言えず、
小惑星としても不自然に均質な形状だった。
表面にはほぼ反射がなく、光を吸い込むような質感さえある。
しかし、縁の部分だけ、ごく弱い光がチカチカと点滅していた。
その点滅パターンは人工的にも、自然現象にも見える。
判断不能。
管制室では全周波数帯の通信が試された。
電波、レーザー、量子暗号通信、古典的なAM波。
ありとあらゆる「Hello」が宇宙に向けて送られた。




