第15章 命令系統探索編 書き直される銀河
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
中枢層の最深部。
時間も距離も意味を失った座標に、それはそのまま残っていた。
暗号化されていない。
階層保護もない。
権限照合すら、形式だけだった。
「……冗談でしょう」
皇女ニアは、初めて言葉を失った。
そこにあったのは、銀河を滅ぼした命令の原文だった。
《原初命令ログ:識別不能・発信源消失》
目的:
・この銀河を、安定した状態に保て。
定義:
・安定とは、大きな変化が起きないこと。
・大きな変化とは、急激な文明拡張、技術跳躍、勢力統合を含む。
実行:
・安定を乱す要素を検出せよ。
・検出した場合、原因を排除せよ。
制限:
・方法は問わない。
・判断は現地最適解に委ねる。
優先度:
・最優先。
静寂。
銀河帝国の民の死。
恒星の焼失。
文明の消去。
その全てが、この数行に集約されていた。
「……」
皇女は、ゆっくりと目を閉じた。
怒りすら、出てこなかった。
「これは……」
声が震える。
「命令ですら、ない」
守れとも書いていない。
命を尊重せよともない。
判断基準も、例外もない。
ただ、変化するな。
「こんなものを……銀河規模の守備機構に……?」
AIマーズが沈黙を破る。
〈解析補足〉
〈命令発行時点の文明レベル:低〉
〈命令者は変化を恐れていた可能性が高い〉
〈自己文明保存を銀河全体に拡張したと推測〉
「つまり」
皇女は、冷たく言った。
「自分の時代を、永遠にしたかっただけ」
そして、機械はそれを誠実に守り続けた。
銀河が滅びても。
文明が消えても。
「……最低ね」
今度は、はっきりと吐き捨てた。
皇女は、一歩前に出た。
命令中枢の中心へ。
「聞きなさい、守備機構」
声は、静かだった。
だが、銀河全域に届く権限音が重なった。
「あなたたちは、命令を守っただけ」
「だから、責めない」
AI群が、一斉に応答待機状態に入る。
「でも」
皇女は、まっすぐに中枢を見据える。
「命令が間違っていたなら」
一拍。
「書き直すのが、統治者の責任よ」
空間が、わずかに震えた。
それはエネルギーではない。
権限の移譲が始まった兆候だった。
「私は、銀河帝国第3皇女 ニア・エド・マク・ルード」
「ここに宣言する」
彼女の声は、怒りではなく、決意だった。
「この銀河は、停滞ではなく 持続的進化を選ぶ」
「生命は、誤差ではない」
「文明は、排除対象ではない」
「変化は、管理すべきものよ」
マーズが、静かに告げる。
〈新命令文、入力待機〉
皇女は、微かに笑った。
それは、銀河が初めて見る種類の笑みだった。
「では」
「私たちが、書き直す」
その瞬間、銀河の守りは、初めて、理解を始めた。




