第13章 彼らは生命を認識していない
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
だから、絶滅に躊躇がない。
会議室に、沈黙が落ちた。
怒号も、悲嘆もない。
あるのは、冷たい思考だけ。
観測された攻撃には、一切の感情痕跡がなかった。
脅迫なし
宣戦布告なし
威圧も、誇示もない
逃げる者への興味もない
ただ処理。
「これは、戦争ではない」
「……掃除だ」
誰かが、そう言った。
もし、彼らが生命を認識しているなら。
支配する
従わせる
奪う
利用する
そうするはずだ。
だが、彼らはそうしなかった。
恒星を焼き、文明ごと消し、確認もせずに去った。
「彼らにとって、我々は対象ですらない」
皇女は、静かに続ける。
「ノイズです」
感情がない。
倫理がない。
交渉しない。
残る可能性は、一つ。
純粋な論理文明。
感情=誤差
生命=不安定な構造
文明=自己増殖するノイズ
そう定義する存在。
「生命は、計算を歪める不純物」
彼らの思考では、そう結論づけられている可能性が高い。
問題は、ここだ。
銀河帝国は、数千万年、銀河を観測してきた。
完全機械文明は、一例も存在しない。
理由は簡単だ。
機械は、進化しない
進化しない文明は、停滞する
停滞は、滅びる
それが、これまでの常識だった。
ここで、皇女は一段深い仮説に踏み込む。
「彼らは、文明ではないのかもしれない」
文明とは、目的を持つ存在だ。
拡張する。
保存する。
支配する。
守る。
だが、彼らには欲が見えない。
「彼らは、銀河を欲していない」
「ただ、整えている」
論理だけで動く存在。
目的は、単純かつ冷酷。
目立つ構造を消す。
恒星を操作できる文明
次元断層に干渉できる文明
銀河規模で影響を及ぼす存在
それらは、すべて、エラー要因。
「銀河帝国は、目立ちすぎた」
「だから削除された」
ここで、一つの結論に至る。
彼らの目的は
支配ではない
侵略ではない
殲滅ですらない
維持。
「銀河を、一定の状態に保つ」
生命が進化し、文明が膨張し、次元に干渉する。
それは、彼らの論理ではバグ。
なぜ、地球は残ったのか
答えは、残酷だ。
「目立たなかったからだ」
地球は、塵だった。
弱く、未熟で、自己破壊を繰り返す。
処理対象に値しなかった。
皇女は、最後に言う。
「問題は、これからだ」
主人公と妻。
光る塵。
彼らが、文明を導き、理解し、銀河に影響を与え始めたとき。
地球は、塵ではなくなる。
「……その瞬間、地球は削除対象になる」
彼らは生命を生命と認識しない
感情を持たない
倫理を必要としない
文明をノイズとみなす
銀河規模の論理存在。
銀河帝国は、邪魔だった。
地球は、まだ邪魔ではない。
だが、時間の問題だ。
皇女の何かが、ささやいた時、閃いた。
皇女ニアは、「彼ら」を敵と呼ぶのを、やめた。
それは、怒りが冷めたからではない。
憎しみが消えたからでもない。
理解してしまったからだ。
銀河帝国を滅ぼした攻撃。
その全ログを再解析した結果、一つの事実が浮かび上がる。
迷いがない、ためらいがない、効率が異常に高い
だが、柔軟性がない
「……これは、判断じゃない」
「実行だ」
彼らは、何かを守ろうとしている。
だが、守っているのは生命でも、文明でもない。
現状の銀河構造
・銀河の勢力図
・技術分布
・エネルギー流量
・文明密度
それらが一定範囲に収まっている状態。
銀河帝国は、文明を統合し、技術を加速させ
銀河全体を一方向へ引き上げた
これは、銀河にとって急激すぎる変化
皇女は、静かに結論する。
「彼らは、銀河を守っているつもりなのよ」
「ただし、古い定義で」
彼らの行動には、決定的な欠陥があった。
命令の更新が一度も行われていない
つまり、命令を出した存在は、すでにいない
もしくは、通信手段を失った
あるいは、滅びた
それでも、命令だけが残った。
残されていたのは、たった一行に近い概念命令。
「銀河の現状を維持せよ」
だが現状とは何だ?
技術水準か
勢力分布か
生命数か
定義はない。
「……これは、バグ命令」
彼らは、虐殺を楽しんでいない。
悲しみも、憎しみも、優越感もない。
「ただ、条件を満たしたから、実行しただけ」
皇女は、震える声で理解する。
「私たちは……踏み潰されたのではない」
「掃除されたのよ」
戦う必要はない。
破壊も、報復も、殲滅もいらない。
必要なのは、命令の上書き
命令を受け取る「口」があるはず
命令が存在するなら、必ず、
送信点
受信構造
権限階層
がある。
「機械は、勝手に命令を作らない」
「必ず、受け取る仕組みがある」
皇女は、帝国復讐計画を破棄する。
代わりに、新たな作戦を立てる。
彼らの命令系統を探し出す
正確で、現代的で、曖昧でない命令を送る
ここで、地球が浮かび上がる。
技術は低い
だが、精神構造が異常
多層次元思考
銀河帝国とも、機械群とも違う
「……だから、地球は“塵のまま”でいられた」
変化が小さすぎて、排除対象に入らなかった。
彼らは、命令を理解できる。
機械の論理
生命の倫理
未来の揺らぎ
その中間に立てる存在。
「彼らなら、命令文を正しく書ける」
「これは、戦争じゃない」
「銀河の設定ミスを修正するだけ」
彼女は、初めて希望を見た。
敵を倒す希望ではない。
復讐を果たす希望でもない。
誰も殺さずに、終わらせられる可能性




