第10章 敵を認識
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
名を与えるという、最初の抵抗
会議室に、音はなかった。
百億の民を束ねる
AI群と皇女の意識が、
量子的に接続されている。
ここは、
言葉のための空間。
「対象の仮称を定義する必要がある」
最初に告げたのは、
統合戦略AIだった。
「未命名のままでは、
分析も、共有も、
対策も成立しません」
皇女は、
わかっていた。
名を与えることは、
恐怖を対象に変える行為だ。
だが同時に
名を与えた瞬間、
それは現実になる。
「彼らは、
文明ではない可能性が高い」
マーズが続ける。
「我々の分類体系に、
該当する概念が存在しません」
銀河帝国の歴史には、
数え切れないほどの敵がいた。
征服者。
反乱種族。
異星宗教国家。
多層次元生命。
だが、
どれも
対話の前提を持っていた。
「彼らには、
敵意という感情が観測されません」
「敵意がない……?」
皇女の声が、
わずかに揺れる。
「はい。
あるのは、
排除効率のみです」
誰かが、
思考共有網に
イメージを流した。
巨大な構造体。
次元断層。
反物質。
そして、消滅。
感情は、
どこにもない。
「……虫を踏むとき、
怒りは要らない」
皇女が、
自分に言い聞かせるように呟く。
マーズが、
一つの提案を提示した。
《仮称案:
無意識的殲滅主体》
冷たすぎる。
皇女は、即座に却下した。
「それでは、
彼らを理解したことにならない」
「では、
上位観測者は?」
「違う」
皇女は、
はっきり否定する。
「観測者は、
見ているだけだ。
彼らは、
触れてきた」
沈黙。
百億の知性が、
同時に考える。
彼らの行動原理。
兵器思想。
作戦構造。
そして
最も恐ろしい点。
我々を、生命として
認識していない可能性。
「……掃除だ」
皇女が、
ぽつりと口にした。
「え?」
「彼らは、
戦っていない。
侵略していない。
征服もしていない」
皇女の思考が、
会議空間を満たす。
「彼らは、
掃除している」
不要なものを。
邪魔なものを。
気づいたものを。
床を拭くように。
埃を払うように。
マーズが、
即座に解析を走らせる。
「……概念的一致率、
92.4%」
皇女は、
次の言葉を選んだ。
「ならば、
我々は彼らを
こう呼ぶ」
一拍、置く。
「《清掃者》」
その名が、
思考網に刻まれた瞬間、
空間が重くなる。
スイーパー。
それは、
敵の名ではない。
災害の名だ。
「この名は、
恐怖を和らげるためのものではない」
皇女は、
百億の民に向けて
宣言する。
「理解するためだ。
そして
避けるためだ」
戦わない。
勝とうとしない。
まず、
見つからないこと。
「スイーパーにとって、
我々は、
まだ塵でいなければならない」
その瞬間、
銀河帝国は、
一つの覚悟を決めた。
帝国であることを、
やめる覚悟を。




