第08章:接触回避
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
なぜ、私は彼女に会わなかったのか
最初に決めたことがある。
彼女には、会わない。
理由は、単純で、致命的だった。
妻
彼女に接触すれば、
精神共鳴が起きる。
それは、
避けられない。
精神構造が近すぎる。
血統、思考層、感受性。
触れた瞬間、
一気に覚醒する。
そして覚醒は、
光になる。
灯台だ。
暗闇に向かって、
「ここにいる」と叫ぶ光。
食らうものたちは、
ああいう光を、決して見逃さない。
一度、見つかれば終わりだ。
消す方法を、私は知らない。
帝国の記録にもない。
母も、知らなかった。
「消せない光は、灯してはならない」
それが、
滅びを生き延びた者たちの、暗黙の掟だ。
だから、
彼女には近づかない。
では、どうする?
答えは、
夫だった。
彼は、まだ知らない。
自分が、
どれほど異常なのかを。
精神耐性。
状況判断。
恐怖への鈍感さ。
だが、
覚醒はしていない。
彼の精神は、
硬く、厚い殻に守られている。
自覚的に力を使わない者の、
最も安全な形。
「まずは、夫に接触する」
直接ではない。
夢。
偶然。
違和感。
ほんの、
小さな刺激だけ。
彼の思考の区画を、
ほんの少し、広げる。
理解できないことを、
「考えられる」ようにする。
異常を、
「異常だと気づける」ようにする。
急いではいけない。
彼は、
牧場主だ。
地に足がついた生活。
家族。
責任。
日常。
それが、
最大の安全装置。
彼が急に変われば、
妻が気づく。
妻が気づけば、
共鳴が起きる。
共鳴が起きれば、
灯台が立つ。
だから、
ゆっくりだ。
私は、
彼の未来を何通りもシミュレーションした。
失敗すれば、
即座に撤退。
接触を断ち、
記憶を曖昧化する。
成功すれば
「彼は、指揮官になる」
力で導く者ではない。
守るために動く者。
逃げない者。
壊れた世界を、
立て直そうとする者。
そういう人間は、
精神生命体になる確率が、最も低い。
だが、最も強い。
私は、静かに命令を出した。
「マーズ。
第一段階、開始」
「対象:地球人男性一名
コードネーム:シェパード」
羊飼い。
守る者。
彼自身は、
まだ知らない。
自分が、
灯台になるかもしれないということも。
そして
その灯台の光を、
私が必死に覆い隠していることも。
私は、思う。
直接会えば、
彼女を救えるかもしれない。
だが、
その瞬間に、
全てを失う可能性がある。
私は、皇女だ。
感情で動けば、
また、民を失う。
だから、
会わない。
会えない。
この距離が、
彼らを守る、唯一の方法だ。




