第05章:共存圏建設
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
軌道都市・コロニー誕生
最初に動いたのは、軍ではなかった。
建築士。
生態設計士。
保育環境技師。
農業ユニット設計者。
かつて戦艦を造っていた者たちが、
いまは住居を設計している。
「仮の大地を展開する」
その命令は、100億の民にとって
生きる許可に等しかった。
恒星系のラグランジュポイントに、
巨大な骨格構造が展開される。
円環。
多層。
回転による擬似重力。
外殻は隕石と放射線を防ぎ、
内側には、空がある。
最初の“土”が敷かれた日、
誰も声を出さなかった。
土は、合成物質だ。
本物の惑星ではない。
それでも。
誰かが、膝をついた。
誰かが、指で土をすくった。
「……あたたかい」
重力が、足を引く。
空気が、肺に入る。
それだけで、涙が出た。
森区画が作られる。
水循環区画が稼働する。
光は恒星光を模したスペクトルで揺れる。
昼と夜が、戻った。
子どもたちは、すぐに順応した。
走る。
転ぶ。
笑う。
仮設公園で、追いかけっこをする姿を見て、
大人たちは、ただ立ち尽くした。
「……生きてるな」
誰かが言った。
それは、確認だった。
学校が、簡易的に再開される。
医療区画が整う。
市場のような空間が生まれる。
売るものは、まだ少ない。
だが、会話がある。
「今日の光、少し赤いな」
「人工太陽の調整らしい」
「夕焼け、好きだ」
何気ない。
あまりにも、何気ない。
それが、失われていた。
皇女ニアは、
そのすべてを、少し離れた観測バルコニーから見ていた。
笑顔。
子どもの声。
平和。
守れた。
だが、彼女は座らない。
目の前には、数百の思考ウィンドウが展開されている。
《地球文明 技術進度》
《心理耐性モデル》
《初接触時パニック確率》
《宗教的反応》
《軍事的誤認識》
地球。
DNAが同じ。
姿も同じ。
だが、歴史が違う。
「一歩間違えれば、恐怖になる」
彼女は、何度もシミュレーションを回す。
穏健案。
強硬案。
段階的接触。
匿名支援。
直接交渉。
失敗分岐は、膨大だ。
侵略と誤解される未来。
救世主として崇拝され、依存される未来。
敵と見なされ、攻撃される未来。
どれも、避けなければならない。
「……焦るな」
自分に言い聞かせる。
民には、日常を。
自分には、責任を。
コロニー外縁では、
次の居住リングが静かに組み上がっていく。
100億人すべてを収容するには、
まだ足りない。
だが、始まった。
文明は、再点火された。
ニアは、地球の映像を呼び出す。
青い海。
雲。
嵐。
都市の光。
「あなたたちは、まだ知らない」
その声は、誰にも届かない。
「でも、必ず会う」
その日のために、
彼女は今日も、計算を続ける。
子どもたちの笑い声を、背に受けながら。




