第33章 指揮官
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
北半球・地球復旧本部。
仮設ホログラム・ステーションに、地球、月、軌道上、
そして異星人技術班のチャンネルが次々と接続されていく。
室内に緊張が走る。
地球連邦の要員たちも、異星人技師も、全員が
「今日はあの牧場主が指揮を執る」と知っていた。
だが誰も口には出さない。
出せなかった。
俺は、深く息を吸い、自分でも不思議なほど落ち着いた声で言った。
「全班、状況を送れ。」
瞬間、数百のウィンドウが立ち上がる。
北米、欧州、アジア、ロシア、アフリカ北部……
各地域のセンサーデータが洪水のように流れた。
異星人オペレーターが驚いて小声で言う。
「処理速度、早い……リングの適合率が上がっている……」
聞こえていたが、俺は反応しない。
今は守るべきものの声が自分の背中を押している。
「まず北緯30度以北。構造物ストレス値の赤域が拡大している。
30分以内に崩落の連鎖が起こる。」
会場がざわめく。
「よって」
俺ははっきりと言った。
『優先順位を変更する。
救助より先に倒壊予定区域の無人化を完了させろ。
復旧班は一旦後退、AIロボットに交代する。』
「しかし!」と誰かが叫ぶ。
「人員が足りません!撤収ラインが」
俺は初めて指揮官の声で命じた。
「黙ってやれ。
死者ゼロが条件だ。
手遅れになる前に動くのが指揮官だろう。」
一瞬の静寂。
次に、全通信回線から一斉に返事が飛ぶ。
「「了解!!」」
俺は続けて異星人技術班に向きなおる。
「南半球で改造したシエルターユニット。
北半球に1日400基投入できるな?」
異星人主任が目を丸くする。
「……できます。
だが、そんな速度で配置できるのは、
あなたほどリングを使いこなせる者だけです。」
俺は短くうなずく。
「配置計画は俺がやる。
地形データを全部寄越せ。」
異星人たちの目が一瞬だけ尊敬に変わった。
モニターに北極圏のデータが映る。
重力波で地殻のひずみが極端に偏り、
氷床の下で大穴が広がりつつあった。
俺は静かに言う。
「北極は……俺が行く。
現地の状況は、俺が見ないと判断できない。」
会議室に緊張が戻る。
「単独で……行くのですか?」
「危険すぎる!」
「データだけで判断を」
俺は短く、しかし決然と言った。
「誰かが行かないと、地球は戻らない。」
その一言で、全員が黙った。
そして俺はリングに手を当て、地球全域へメッセージを開いた。
「復旧班、全員聞いてくれ。
これより地球を救う。
誰一人欠けさせない。
行くぞ。」
各地域から、世界中から、
シエルターの中の人々からでさえ、返事が返ってきた。
「「おおおおおおおーーーー!!」」
俺は小さくつぶやいた。
「ここからだ……地球は、絶対に戻す。」
氷原に降り立った瞬間、俺の頬を刺すような冷気が走った。
地球規模の歪みが収束したとはいえ、
北極圏の大地には依然としてズレの後遺症が残っている。
空間が一瞬だけねじれ、音が遅れて響く。
異常は確かに生きていた。
「リンク、状況解析を。」
《解析中。氷床下に微細な空間ひずみを検出。
深度14メートル。安定度指数は0.23。
人員の進入、推奨できません》
俺は頷き、周囲を見渡した。
破損した観測基地のアンテナ、
倒れたソーラーパネル、風に転がる金属片。
だが南半球とは違い、崩壊は遅い。
シェルター構造がしっかりしていたため、
地上施設の被害は想定よりも軽微だった。
「ここなら……復旧拠点にできる。」
同行していた異星人技術者ハルドが首を振る。
「ただし、ひずみの根は深い。
我々が移動してきた転送ゲートですら、距離誤差が出た。
珍しいことだ。」
俺は一歩、氷面を踏みしめた。
足の裏にかすかに響くズレの鼓動。
このまま放置すれば、
次の波で北極圏そのものが裂けるそんな不安が胸を掠めた。
「……ここから始めよう。」
彼は空を見上げた。
雲の向こうを、ゆっくりと銀色の破損衛星が横切っていく。
軌道制御を失った衛星群の落下リスクは今後増す。
電力網はまだ死んだまま。
人的被害は最小限だったが、
安堵している余裕などどこにもない。
《指揮官、AI補助管制モードを解除。
現地判断を優先しますか?》
耳元の通信デバイスが問いかける。
俺は息を吸い込んだ。
「……ああ。ここは俺が判断する。救うために来たんだ。」
冷気の中でも、胸の奥だけは熱かった。
「まず、氷床下のひずみ領域をマーキング。
ハルド、地中センサーを設置してくれ。
リング経由で南半球の住宅ユニットの搬入予定を前倒しする。
ここを北極統合作業本部にする。」
ハルドは目を細め、わずかに口角を上げた。
「あなたらしくなった、指揮官。」
《了解。作業ルートを最適化。
補給船6隻を北極圏に誘導します》
一気に動き出す情報と機材。
空間のズレが、まるで俺の決意に押されるように静まっていく。
俺は凍てついた大地を踏みしめながら、確信した。
これは調査じゃない。
ここから人類の再起が始まる。
彼は風に向かって、静かに呟いた。
「地球……必ず立て直す。
俺がやる。」
吹き荒ぶ氷雪の白い嵐の中、
俺は建設予定地点の中心に立った。
足元では、ハルド率いる異星技術者隊が、
指先ほどの大きさの多関節ドローンを氷床に刺し込んでいく。
「地中センサー設置完了。ひずみ波をリアルタイムで追跡できる」
ハルドが報告すると同時に、地面の下で、
まるで巨獣が眠り返るように微かな振動が走った。
俺はデバイスに指示を送る。
「リング、本部へ。北極圏シェルター群のユニット改造を最優先に。
こちらの座標へ、第一便を送れ。」
《了解。
アステロイドベルト工場からユニット住宅を転送します》
次の瞬間、
空間が淡い光の膜で満たされ巨大な多層住宅ユニットが、
氷上へ静かに出現した。
まるで雪原に巨大な積み木を置くような自然さ。
しかし、それは単なる家ではない。
異星基準の耐震・耐冷仕様の5LDK、
車庫付き、非常時48時間自律稼働。
南半球でテスト済みの万能居住設備だった。
「……本当に一瞬で来るんだな」
俺の呟きに、ハルドが肩を竦める。
「ゲート技術を持つ文明にとって、距離は意味を失う。
あなた方がこれを使いこなせば、どの災害も恐るるに足らない。」
そこへ、次々と転送ゲートが開き始めた。
第二便、第三便……光の柱の連続。
一つ一つが大きな家であり、
生活をそのまま運び込むための命の箱だ。
《本日予定:200棟。
追加で南半球から作業員支援を要請しますか?》
「要請してくれ。
氷床が安定しているうちに、基礎部分を固めたい。」
ハルドが鋭く答えた。
「建設ロボット部隊、前へ。
層構造ユニット、五段積みの準備を開始!」
雪煙が舞う中、20メートル級の多脚ロボットが歩み出て、
住宅ユニットを持ち上げていく。
氷の大地に、次々と積層都市が形をつくり始める。
巨大な氷上都市の雛形が、刻一刻と現実となっていく。
俺はその様子を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
動き出した。
これはもう、災害復旧じゃない。
新しい地球の再構築だ。
「北極圏拠点は、今日から人類の再起の象徴になる。
暖房線を通せ。
電力は外部に頼らず、ユニットの自活モードで全て賄う。
食料庫、医療区画、工業区画も第一陣で配置する。」
《了解。
配置最適化完了。
俺の指揮レベルを地域統括に更新します》
ハルドがふっと笑った。
「もう牧場主ではないな。
あなたは、この地球の再生を担う者だ。」
俺は息を吐き、冷たい空気の中で決意を固めた。
「……俺がやる。
地球の未来のために。」
氷原の彼方に、初めて灯る人工光。
それが、地球再生の夜明けを告げていた。




