第02章 彗星 琴座(ライラ)方向の光点
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
アマチュア天文家ジェームス・カーターが発見した光点は、
最初は単なる季節性の彗星だと思われていた。
だが、琴座方向から飛来しているその天体の座標を天文台が
解析した結果、状況は一変する。
太陽系外から52km/sで接近、天文台が公表した軌道計算は、
世界中の研究者を震え上がらせた。
「この彗星は、太陽系外から秒速52キロで進入している」
この速度は通常の彗星とは桁が違う。
しかも、接近予測では、
1ヵ月後、地球に10万kmまで接近、月より近い。
事実上、地球のすぐそばを通過する軌道だ。
世界中の天文台が観測体制を強化し、軍や宇宙機関まで動き始める。
昼夜を問わず、
各国のメディアはニュース速報を乱発し、
SNSでは「地球滅亡まで30日」
という真偽不明のカウントダウンが出回った。
観測が進むほど増える違和感、
より多くの観測データが集まるほど、
彗星の情報は精密になっていった。
大きさは約1km程、ほぼ完全な球形、表面は異常に滑らか、
回転周期が一定で正確すぎる、明らかに自然天体としては不自然、
望遠鏡写真の解析では、球体の輪郭がくっきりと確認される。
専門家の間では、声を潜めて囁く者もいた。
「人工物の可能性は捨てきれない」
だが、科学者は慎重だ。
公式コメントでは、
「軌道計算上、制御された動きではなく、偶然の力学です」
と否定する。
接近後、彗星は木星へ向かい、その巨大な重力圏に捕まった。
そして木星周回軌道へ移行したとき、
世界中が新たな衝撃に包まれた。
「地球への衝突リスクは完全に消滅しました」
政府は安堵し、各国は危機回避を決裁する。
人類は胸をなでおろした。
だが同時に、
なぜ太陽系外から来た天体が、こんな精密な軌道で木星を回るのか?
という疑問が、専門家と素人のあいだで飛び交った。
テレビ番組には解説者が溢れ、
学者は学者で別の学者を否定し、
メディアはセンセーショナルな見出しを並べ続ける。
「地球外文明の探査機か?」
「いや、重力の偶然だ」
「実は軍の極秘兵器では?」
庶民は面白く、メディアは売り上げになる。
真実はどうでも良く、話題だけが独り歩きしていった。
そして世間が飽き始め、ニュースにも出なくなった頃。
彗星の軌道が再度変化、木星最大の衛星・ガニメデ周回軌道へ移った。
専門家は慌てて記者会見を開き、
「これは木星圏内の複雑な重力が原因です」と苦し紛れの説明をした。
まるで何事もないかのように、政府の意図が透けて見える。




