第25話 香り兵器
クラン
「ねえ、聞いて。
消臭技術が銀河で成功するなら、その逆も理論上は可能よ。」
殿下
「……逆?」
クラン
「匂いの集中兵器化。」
ホログラムに映し出されるのは、虹色に揺らぐガス雲。
クラン
「特定種族の嗅覚受容体を解析して、
快でも不快でもない、でも脳が処理できない匂いを投射するの。」
俺
「……やめよう。」
クラン
「まだよ。
副作用として」
資料がめくられる。
クラン
「方向感覚喪失、判断遅延、
『帰りたい』という強烈な感情誘発。」
ルイ
「それ、精神攻撃です。」
クラン
「武器じゃないわ。
匂いよ?」
殿下
(静かに目を閉じる)
「クラン……」
クラン
「なによ。
死なないし、壊れないし、環境にも優しいわ。」
俺
「銀河がオナラ戦争になる。」
クラン
「言い方!」
殿下
「却下。」
即答だった。
殿下
「私たちは今、
『不快を取り除く文明』として信用を得ている。
それを
『不快を振りまく文明』に戻す気?」
クラン
「……」
ルイ
「銀河倫理憲章第六章。
感覚器官への意図的干渉は禁止です。」
クラン
「書いてなかったわよ、匂いとは。」
俺
「書く必要がなかったんだろ。」
クランはしばらく黙り、やがて肩をすくめた。
クラン
「わかったわよ。
じゃあこれは?」
別ファイルが開く。
クラン
「敵が来る前に、自分たちが逃げる用。」
.......
俺
「それな、鼬の最後っ屁と言うんだぞ。
生物は皆んな逃げるレベル。
お前、そこにいることになるぞ。
いいのか?」
クラン
「……」
一拍。
クラン
「……それ、
自分も巻き込まれるやつじゃない。」
俺
「そうだ。
使った本人も逃げる。
それが鼬の最後っ屁だ。」
クラン
「最悪じゃない。」
俺
「最悪だから、名前が残ってる。」
ルイ
(冷静に)
「生物学的にも正しいですね。
放出者は嗅覚疲労が遅れて来るので、
逃げ遅れます。」
クラン
「……」
殿下
(腕を組んで)
「つまり?」
俺
「使ったら、
クランが一番長くそこにいる。」
クラン
「……」
沈黙。
クラン
「……やめる。」
俺
「賢明だ。」
クラン
「ていうか、
私が兵器になる前提で話進めるのやめて。」
俺
「お前が考案者だからな。」
クラン
「反省してるわよ。
逃げられない兵器なんて、
美しくない。」
殿下
「その価値観、
嫌いじゃないわ。」
ナレーション(内心)
銀河で最も強い抑止力は、
「自分も被害者になる」
という想像力だった。




