第22話 落とし穴(臭)
後日談
護衛ギルド長 → 皇女殿下
宇宙クラゲは、滅多に出現しません。
逃走判定につきましては、せめて艦対艦でお願いいたします。
宇宙生物相手では、ほとんど合格者が出ません。
何卒、ご配慮を……。
文面は、極めて丁寧。
行間には、完全な泣きが入っていた。
皇女殿下
「条件、決めてなかったでしょう?
なら、仕方ないわ。」
一拍。
「でも 収穫もあった。」
にやり。
「生物って、匂いに敏感なのね。」
「商品化したら、儲かるかもしれないわ。」
俺
「やめましょう。」
即答。
「宇宙が、その……オナラの匂いで満ち溢れます。
ロマンが壊れます。」
殿下、口を押さえている。
「それに、使用後に航行した船に匂いが付着したら、
商品クレーム、賠償問題、確実です。」
「最悪、近隣惑星から
景観汚染の損害賠償請求が来ますよ。」
沈黙。
殿下、真顔。
「……それは、面倒ね。」
クラン
「臭い太陽系に、商売人は来ないわよ。
ガスマスク付けるほどの価値がないもの。」
一拍。
「私も、とっとと退散ね。」
俺
「……オナラで、宇宙経済モデルが終わる。」
間。
「なるほど。」
補足ナレーション(静かな真理)
戦争でもなく、
革命でもなく、
古代兵器でもなく。
臭い
それだけで、
交易は止まり、
信用は蒸発し、
文明は避けられる。
銀河経済とは、
極めて合理的で、
とても繊細で、
そして
鼻に正直である。
俺
(なあ、ルイ。地球人って……臭うのか?
その……臭いのか。)
ルイ
(……率直に申し上げますね。)
(私たちは宇宙食主体なので、
体内で分解される匂い成分がほとんどありません。)
(ですが、土着文明 特に発酵文化を持つ惑星は……匂います。)
俺
(まじか。)
ルイ
(宇宙基準では、かなり。)
(納豆、チーズ、干物、漬物
あれは「文化的生物兵器」に分類されかねません。)
俺
(文化的生物兵器……。)
ルイ
(宇宙人の中でも、かなり臭う文化ですね。)
(ただし、本人たちは気づいていません。)
俺
(ああ……自分の匂いは分からない、ってやつか。)
ルイ
(はい。)
(ですので、外交任務の際は )
俺
(まさか。)
ルイ
(消臭薬を服用しています。)
(体内で匂い成分を分解し、
同時に微弱な好感誘導成分を放出します。)
俺
(……それって。)
ルイ
(いえ、媚薬というほど強いものではありません。)
(「なんとなく感じがいい」
「一緒にいて不快じゃない」
その程度です。)
俺
(それが一番怖いやつだろ。)
ルイ
(科学的には、親近感誘導と呼びます。)
(宇宙では一般的です。)
一拍。
ルイ
(……要りますか?)
俺
(……。)
(オナラで宇宙経済が終わる世界で、
匂い対策しない選択肢はないよな。)
俺
(……後で詳しく聞く。)
ルイ
(了解です。)
(まずは、納豆禁止区域の設定からですね。)
俺
(太陽系、思った以上にハードル高いな。)
殿下
(太陽系を出るには、匂う=マナー違反……
消臭薬が常識とは、完全な盲点だったわ。)
(ルイ、さっさと作ってちょうだい。)
ルイ
(了解しました、殿下。)
(既存の外交用処方を、太陽系生理に合わせて調整します。)
(発酵由来の揮発成分を分解し、体内循環で無臭化。)
(副作用は……ほぼありません。)
殿下
(ほぼ、という言い方が気になるわ。)
ルイ
(周囲から「感じがいい」「話しやすい」と思われやすくなります。)
(銀河基準では、最低限の礼儀です。)
殿下
(……。)
(わたし、臭うの?
……気になるわ。)
一瞬の沈黙。
ルイ
(率直に申し上げます。)
殿下
(ええ。)
ルイ
(現在の殿下は
銀河基準では「無作法ではないが、文明初期の香り」です。)
殿下
(……それ、フォローになってる?)
ルイ
(なっています。)
(「不快」ではありません。)
(ただし、長時間の会議では距離を取られる可能性があります。)
殿下
(最悪じゃない。)
(知らずに威圧していた可能性があるわね……
言葉でも、匂いでも。)
俺
(殿下、安心してください。)
(太陽系は全員アウトです。)
殿下
(慰めになってないわ。)
俺
(でも、今気づけたのはデカいです。)
(匂い=マナー=信用。)
(経済モデルの盲点、ここでしたね。)
殿下
(……ええ。)
(武力でも、理論でもなく、体臭で信用を落とす文明。)
(なんて間抜けなの。)
ルイ
(ですので、消臭薬は「通行証」扱いになります。)
(服用していない個体は、太陽系外では「未教育」と見なされます。)
殿下
(決定ね。)
(太陽系出航条件
言語、倫理、契約理解、そして無臭。)
俺
(項目に書くとシュールですね。)
殿下
(でも、これが現実。)
(銀河は、思ったより繊細で、容赦ない。)
(……ルイ、わたし用は、少し早めに。)
ルイ
(もちろんです、殿下。)
(香りは
「安心感寄り」
に調整しておきます。)
殿下
(……それはそれで、少し怖いわね。)




