第13章 車(宇宙船)
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
空飛ぶ車の普及から一年。
それは、もはや「車」ではなくなりつつあった。
発売早々、
日本メーカーは密かに 完全密封型・宇宙仕様 を投入していた。
「長期休暇で、月へ・火星へ。
宇宙船が車並みの価格で。家族で月面旅行へどうぞ!」
派手な宣伝が流れると、世界はざわついた。
最初は冗談かと思われた。
しかし、日本製は本当に月軌道へ到達した。
車体は車、内部は完全な宇宙船。
各国も慌てて密閉型の製造ラインへ移行。
改造ユーチューバーが乱立し、非合法すれすれの挑戦が続き、
ついに強者たちが 高度1万メートル突破 を達成した。
「高度制限はサブチップにだけあるらしい」
「わざと流したんじゃないか?」
そんな噂まで出た。
判明したのは、もっと衝撃的だった。
目的地を火星と設定するだけで、10日で移動できる。
ただし密閉空間の酸素・水・廃棄物処理に限界があるため、
乗車人数は通常の半分になるそれだけの話だ。
この事実が、世界に火をつけた。
売れる。売れる。売れまくる。
先進国の家庭は、こぞって密閉型へ買い替え、
火星移住仕様へアップデートした。
「家を売って、会社辞めて、火星へ行く」
これが新しいトレンドになった。
中古の空飛ぶ車は後進国へ安値で流れ、
「改造すれば火星に行けるかも?」
という幻想が広がり、怪しい業者が火星行き車の販売を始めた。
その裏で、地球企業連合体はとっくに動いていた。
地球企業連合体は、関連企業をすべて買収し、
世界中で量産体制を敷いた。
悪徳業者が逃げ出すほどの圧倒的スピードと品質で。
500万円で買える時代は終わった。
それでも未来のない地球で借金する者は多かった。
家を売り、土地を売り、火星へ向かう。
火星に行った者は口を揃えて言う。
「あちらは未来がある。地球は、もうただの田舎だ」
不動産は暴落し、都市のビル群は一夜で半額に。
買い手などいない。
買うのは地球企業連合体だけだ。
C国では、共産党の権威は完全に崩壊。
指導者も側近も家族と共に火星へ移住し、
地球に残ったのは影武者だけだと言われた。
火星移住者はすでに 6億人 を超えた。
だがその一方で残された者は予測通りだった。
残されたのは、9割の地球人
価値を失った金。
誰も欲しがらない土地。
都市は急速にゴーストタウン化し、
田舎だけが細々と自給自足で生き延びていた。
各国の首脳たちは、もはや威厳などなかった。
彼らが政務を行う条件:
「家族分の火星行き宇宙車を連邦が供給すること」
国家を動かすのに必要なのは投票でも法律でも軍隊でもなく、
たった数台の宇宙車だった。




