第11章 空飛ぶ車
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
全世界に号令がかかったかのように、その発表は同時に行われた。
名は空飛ぶ車。
「家計に優しい」「燃料不要」「誰でも一台」。
耳に優しい宣伝文句の裏に、文明の地殻変動が潜んでいることに、
人類はまだ気づいていなかった。
スカイカーの価格は 500万円。
サイズは一般的な乗用車と変わらないが、内装は高級車並み。
重量わずか 500kg。
地上走行は可能だがタイヤは無く、常に数十センチ浮いている。
浮力でも揚力でもない。
重力制御(G-field) という未知技術が作り出す浮遊だった。
上昇限界は理論上どこまでも。
だが安全基準として高度1000mまでに制限されている。
スカイカー同士は互いを認識し、衝突という概念が存在しない。
主要道路の上空100mを従来の交通規則をベースに流れ続ける。
信号はない。
右左折の際には高度を10m落とし、
目的の通行レーンへと自動的に滑り込む。
速度100km/h。
混雑時には最適ルートへ自動迂回するが、ロスは最小限。
高速道路では 200km/h で巡航可能。
高度20mごとに速度帯が設定され、
上に行くほど速く、下ほど遅くなる。
そして流行したのは屋根の上の私設ヘリポート。
家々の屋根が駐機場として改装されていく。
すべての運転は自動。
目的地を告げれば発進し、到着すれば空きスペースへ着陸する。
そんな光景が、連日TV CMで流された。
農場経営者
「買いましたよ。いやぁ、便利だもんで。」
田舎町の牧場主は、初めての空飛ぶ通勤を楽しんでいた。
「100km/hからの減速も加速も揺れなし。
旋回は飛行機みたいな傾きで、コーヒーを置いたままでもこぼれない。
田舎は距離があるからね、これは必需品だよ。」
スカイカーにはDNA連動のセキュリティが標準搭載されていた。
登録者以外が乗れば、操縦はロックされ、
即座に監視ネットへ映像が送信される。
スカイカーは飛ぶように売れた。
需要は生産をあっという間に上回った。
各国には製造ノウハウが提供され、
車体はそれぞれの国で生産。
しかし頭脳(コアAI)はGAIT企業連合が一括供給した。
全世界の通信網はGAITが統合し、
並列AIによる高速化が進行。
スカイカーを家庭ネットに接続すれば、
世界中の情報に無料でアクセスでき、
さらに家庭の電力まで供給される。
エネルギー革命だった。
ガソリンは不要。
太陽光も要らない。
電線すら不要。
必要なのは通信だけそしてそれもスカイカーに搭載されていた。
後進国にも技術提供され、爆発的に普及。
半年後には、航空会社は激減し、
「海外へは自家用車で」が当たり前になった。
入出国のビザ手続きは、車のAIが自動的に申請。
待ち時間ゼロ。パスポート提示も不要だった。
タクシーは姿を消し、月額制レンタカーが流行した。
電車通勤の代替として、満員電車の概念が消えていった。
田舎から都市へ、都市から田舎へ
三次元の交通網が広がり、
働く場所と住む場所の関係が逆転していく。
都市のビル街で、奇妙な光景が見られるようになった。
巨大オフィスビルの横に設置された駐車場。
…いや、駐機空間と言うべきだろう。
そこには、スカイカーが三次元的にびっしりと並ぶ。
空間そのものが立方体の駐車場となり、
隙間なく車が格納されている。
重力が制御できるため可能な光景だった。
夕方、従業員が退勤しビルの屋上へ上がると、
顔認証が行われ、積み木のように整列していた車列
の一部がゆっくり動き、個々の車が自分の持ち主の元へと滑り出す。
まるで都市そのものが巨大な自動倉庫になったかのようだった。




