第48話 救済?支配?
土星の環が、静かに回っている。
美しい。
だがあまりに規則正しい。
私は、会議室のガラス越しに、
女性区画のログを眺めていた。
幸福度。
衝突率。
出生意欲。
経済流動。
すべて、予測範囲内。
それが、何より恐ろしい。
「殿下。」
マーズが、控えめに声をかける。
「女性区画、安定しています。
想定より、成功です。」
私は答えない。
成功?
それは、誰にとっての?
若返り。
寿命の再配分。
選別。
価格。
回数制限。
倫理的配慮という名の、制御装置。
かつて帝国は、これと同じ構造で銀河を治めた。
私は、その末路を知っている。
画面が切り替わる。
来訪者第一号。
佐伯・真理子。
夜、独りで環を見ている。
涙はない。
それが一番、重い。
(若さを与えた。
だが、居場所は与えていない。)
救済とは、生き延びることではない。
自分のままで、生きていいと思えること。
私は、思い出す。
帝国第3皇女だった頃。
救済政策を掲げ、十の惑星を「平和」にした。
反乱は起きなかった。
三世代、沈黙した。
沈黙は、従属と同義だ。
「殿下。」
今度はルミナス。
「質問があります。」
「なに?」
「この施策は、
地球人女性の 幸福 を目的としていますか?」
一瞬、言葉に詰まる。
目的?
最初は違った。
秘匿。
均衡。
波及防止。
それが、いつの間にか
「……いいえ。」
私は正直に答えた。
「これは、銀河秩序の延命よ。」
沈黙。
AIも、精神生命体も、その重さを理解する。
(だからこそ、危険。)
秩序のための幸福は、いつか必ず、牙を剥く。
私は立ち上がる。
「制度を、変える。」
マーズが驚く。
「殿下?
まだ問題は」
「問題が表に出ていないだけよ。」
「女性区画に、拒否権を与える。」
「若返りを受けない自由。
途中で降りる自由。」
「美の競争から、意図的に外れる権利。」
ルミナス。
「経済効率が下がります。」
「いい。」
私は即答する。
「効率を優先した帝国は、滅びた。」
最後に、私は呟く。
「救済とは、選べること。」
「支配とは、選ばせているように見せること。」
環の光が、少し歪んで見えた。
これは、始まりだ。
まだ、間に合う。
俺
(貴方 なら 任せれる。)
彼の言葉は、声に出ていない。
だが、確かに届いた。
私は振り返らない。
振り返れば、覚悟が揺らぐから。
(……任された、か。)
帝国にいた頃、私は常に「任される側」だった。
血筋。
立場。
役割。
選択肢は、最初から一つしかなかった。
だが
今のこれは違う。
あなたは知っている。
私が、救済と支配を同じ手で行ってきたことを。
それでも、なお言った。
「任せる」と。
(重いわね……キム少佐。)
私は、ほんのわずかに微笑む。
誰にも見せない角度で。
「……なら、聞いて。」
これは命令ではない。
誓いだ。
私は、この制度を 完成 させない。
完成した秩序は、必ず人を殺す。
未完成のまま、揺れ続けさせる。
疑問が残り、抗議が生まれ、選択が奪われないように。
救済か、支配か。
その答えは、私が決めるものじゃない。
彼女たちが、決める。
私は、静かに告げる。
「……引き受けるわ。」
「ただし、いつでも、私を止めて。」
この瞬間、皇女は 統治者 であることをやめた。
監視される存在になることを選んだ。




