プロローグ 皇女の避難
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
星が、焼けてゆく。
恒星が
いいえ、恒星そのものが兵器に変えられた。
緑に満ちた大地。
流れる川。
住まう動物たち。
私たちの都市、私たちの住居。
すべてが、燃えている。
この星系に暮らしていた住民は二千億。
そのすべてが、たった一時間足らずで死の淵に立たされた。
原因は明確だった。
異空間からの侵入者。
突如、空間が裂け、それは現れた。
巨大。
体積、およそ 十万立方メートル。
恒星に向けて何かを撃ち込み、
次の瞬間には、再び異空間へ消えた。
滞在時間は、数分にも満たなかった。
だが、結果は、致命的だった。
打ち込まれた兵器の正体は不明。
だが、恒星は急激に燃え上がり、フレアが荒れ狂い始めた。
一点から始まった異常は、波紋のように広がり、
やがて恒星全体を覆う。
光は、もはや恵みではない。
暴力の嵐となって惑星へ降り注いだ。
気温は急激に上昇し、大気が悲鳴を上げる。
私は、即座に命じた。
緊急避難。
私たちは、この宇宙の覇者だ。
宇宙船はいくらでもある。
この恒星系の防衛網は、完璧だった。
そのはずだった。
それでも、現実は、無慈悲だった。
逃げる。
ただ、逃げる。
宇宙船が一斉に飛び立つ。
フレア到達まで、残り十分。
その十分間で、二千億以上が宇宙へ飛び出した。
だが
すべては、間に合わなかった。
逃げきれない船がある。
フレアに飲み込まれていく。
どれほど高性能な船であろうと、
恒星フレアを完全に防御することは不可能だった。
ワープに成功した者は、半数ほど。
すべてが、一瞬の出来事だった。
私は、見ていた。
母の船が、燃えていくのを。
母は、フレアの前に立った。
私の船がワープできるよう、
身を盾にしたのだ。
そう。
「半分が消えた」という事実は、偶然ではない。
誰かを守るために、犠牲になった船の数だ。
短距離ワープしかできない船。
残された者たち。
恒星系外縁から見た恒星は、
二倍にも膨れ上がり、
惑星は赤く、異様に輝いていた。
美しく、そして、残酷な光景。
時間が、止まったように感じた。
すべてが、一瞬で消えた。
船の制御は、すべてAIが担っている。
統括は、マーズ。
声はない。
AIネットワークによる、瞬時の意思疎通。
私は、問い続けていた。
誰が、私の恒星を燃やしたのか。
怒りが、胸の奥から湧き上がる。
帝国か。
異星文明か。
敵なら、いくらでも思い当たる。
だが
これほどの力を持つ存在は、帝国にはいない。
あれは、
次元断層。
空間に亀裂を生じさせ、時空を無理やり捻じ曲げて侵入し、
兵器を撃ち込み、即座に撤退する。
次元断層は、長く維持できない。
だから、あの巨体が必要だった。
恒星の核融合反応を、急激に引き上げた。
反物質か。
光の本流か。
あるいは、極端な熱反応誘導兵器。
百キログラムもあれば、十分だ。
問題は、それをどう封じ込めたか。
反物質は、強烈な磁場で空中保持するしかない。
これほどの文明は、我々と同等……
いや、次元断層を自在に使える以上、上だ。
私は、怒りを抱えながらも、
冷徹に敵の作戦をシミュレートする。
次は、逃げた船の追撃。
「全船へ、緊急命令。
最大ワープ。指定座標へ。
マーズ」
《了解。座標確認。即時ワープ開始》
命令は速かった。
だが
私の思考が、わずかに遅かった。
命令と同時に、再び次元断層が開いた。
敵船が現れ、逃走中の船団を飲み込んだ。
逃げ延びたのは、百億。
ほとんどが、消えた。
だが、ここは恒星系外縁。
長距離ワープが可能だ。
この座標は、母が教えてくれた。
ここに、何がある?
敵は、追ってこない。
次元断層には、膨大なエネルギーが必要。
あの船で維持できる回数は、限られている。
二度が限界のはずだ。
敵は、短時間で完全殲滅できると踏んでいた。
私のこの能力があったからこそ、百億でも逃がせた。
敵は、逃れた事実すら、知ることはないだろう。
次元断層の歪みは、あらゆるセンサーを無効にする。
今は、逃げる。
百億の民を、侮るな。
いつか、必ず、お前たちに償わせる。
銀河帝国が、どうなったかは分からない。
だが、ほぼ、絶望的だ。
あの攻撃は、防御不能。
銀河帝国
第3皇女
ニア・エド・マク・ルード
彼女の能力とは何か。
彼らは、何者か。
そして
この座標には、何があるのか。
物語は、ここから始まる。




