ふたつ、鏡は本心を見出す
’’永遠のバディ’’ともいえる彼女。主人公にとっての大切な存在。
彼女との関係は今後どうなっていくのか。作者でもわからない。衰退していくのか?それとも向上していくのか?主人公の思いが溢れた3話です
とても、静かな夜だった。
鈴のように多彩な音を奏でているたくさんの鈴虫が、ちいさなまだ芽生えたばかりの命を抱え夜道を辿っている狸の親子が。一定間隔に道標となる光の彼方へ向かっている夜だった。
私は今、ここにいる。
確実に私の家に、いる。
しんと静まりかえった室内。私の、一生懸命に脈を打って働く心臓の音も、息を吸う度に耳に入ってくる私の甘い息も聴こえる。ゆっくりと視線を動かすと、私の目に入ってくる鏡。思わず目があった。
「………っ私じゃないの」
はっと他でもない誰かが居る事を期待した自分が、馬鹿馬鹿しくてたまらない。
これは私。嘘でも何でもない現実。私は今、この地球の中の人間の中の一人として存在している。何も変化してやしない。
けど、何かおかしいのはなぜよ。
…………私の目の前に、私が居たなんて。
***
あの時、私は鏡に初めて触れた。
なぜ触れたのかって?そんなの根拠も何もないわ。触れた瞬間、私の意識は段々と薄くなっていき、そして今に至るわけ。私は自然と冷静だった。
周りを見渡してみる。私の大きなベッドにいつも勉強に付き合ってくれるデスクに、真実を覆い隠せるクローゼット。私は、そういう何か物陰に潜めるものに惹かれていたのかもしれないわ。そして卓上の鏡。鏡はいつ見たって輝かしいものだった。
私は毎朝この鏡に姿を映して微笑むの。学校で空気のように扱われるものだから、自分に大丈夫、大丈夫。と、今にも心の奥底から這い上がって来てしまいそうな喧しい怪物を抑え込む。
そしたら鏡が私に優しく笑いかけてくれている気がして、ほんの少し。ほんの少しだけ心の荷が軽くなる気がするの。気がするだけでいいの。鏡の前では、目の前の世界が輝いているようにみえた。私の本心をさらけ出してくれる鏡。
自分の着飾った姿をくるりと一回転し見てみる。
髪の毛はまるで西洋を想像させ生命の力強さを感じる金色の髪。胸元には私の金色の髪に映える色々な色彩を吸収し自分のものにしてしまうようなブローチがひとつ。
スカートはプリーツになっていてフリルが重なり合ってひらひらと踊っている。鏡には、着せ替え人形の様な少女が映っていた。
けれど輝かしく畏まった容姿の裏には、孤独という牢獄に囚われた少女が映っていた。
彼女は必死にもならず諦めるにもならずただ無心に立ち尽くしていた。
「...はあ、」
冷たい息が零れる。
彼女が感じていたものは、毎日「居ない存在」として扱ってくる彼らへの怒りと憎しみではなく、孤独が苦しくて苦しくて息が出来なくて途方に暮れる哀しみでもなかった。
……寂しい。
この思いだけ、誰にも届くはずのない微かな彼女の心の叫びがそこに在った。
然し、何度叫んでも返答はない。彼女の微かな叫びは段々と、一度入ってしまったらもう抜けられない、足に纏まりついてくる泥沼へと沈んでいった。
声は届かなかった。誰にも、届かなかったわ。
ただ、寂しかった。
私を私として、
この世界の実在する人間として、みてくれる存在が欲しかった。欲しくて堪らなかった。
彼女の生まれて孤独から紡いできた思いは雫となり塵となって消滅した。
***
「…ねえ誰に囁いてるのよ」
彼女は、大袈裟に眉毛を上げ、わざと抑揚をつけながら私に問う。
私はあえて濁して応えた。
「……さあね」
「貴方の武勇伝を聞いて楽しいと思える人間がこの世界には居るのかしら」
私を上から見上げるよう、余裕な表情をした彼女が潔く鏡に映る。なあにそんな顔していうのかしら。
「なんでそんなこと言うのよ」
私は言った。
...彼女は分かっている。目の前の少女がソレを口に出した瞬間、理解した。
「あら、カン違いしちゃった?」
私が彼女を必要としていることも。彼女が居なかったら今の私はもう居なかったことも。私にとって彼女とは、生きる上で絶対に必要な人材であったの。
分かっているのに分かっていないふりをするだなんてかなりの自信家じゃない。
けれど、彼女は私のことをこの世界の誰よりも思い、愛してくれていたわ。
毎日一人だった私に寄り添ってくれた彼女。
ちょっぴり毒舌で、歯に衣着せぬ物言いな彼女。
その貫き通すような瞳からは、いつも私だけをみつめていた。
その彼女が口にだす言葉には、私への数え切れない愛情と思いやりに溢れていた。
毎日学校に顔を出すと、誰にも声をかけられる事もない。私の顔を見て、「おはよう」とも言ってくれない。存在を認識してくれない。
ただ、私はそこの空間に居るだけ。認識されないのなら、私はもう居ないという事に変わりない。私だって、毎日一緒に下校したり、放課後にお話したりできるお友達が欲しかった。
そうしたら、毎朝お家であった出来事や他愛のないテストの話を沢山するの。それでちょっぴり面白いジョークを言って二人で笑い合うの。そんな特別なお話じゃなくていいの。
私は、皆が明るくきらびやかな笑顔でなんの変哲もないお話しているのが羨ましかった。ただの日常会話なはずなのに、私は彼らの会話が本当に美しくみえた。
そんな中で、彼女が居てくれたことが私の唯一の救いだった。
彼女のお陰で、私の人生に兆しがみえた気がした。
「居るわ」
彼女が本当は優しくて暖かくて情に包まれた人だと私は分かっていたのよ。
彼女が息を吐くように笑う。
「よく分かっているわね」
「貴方こそ」
私は、今までの悲哀な感情をさっぱりと消し去る。
そして口にするの。
「永遠のバディね」
「そんなのとっくにご承知の上よ」
彼女と共にくすっと笑いが零れる。
私は、不安という拭いきれない闇から顔を出す。以前とはもう違う。普通の人間であったらちっぽけなものかもしれない。けど私にとっては、味方がいる。
それだけで、心に永遠と振り続ける雨が、すっとやんで徐々に雲がたけ空が顔を出している気がした。この不安だった心の闇に、確信が見えた気がした。
もう、弱くて小さくて孤独で一人で牢獄に囚われている情けない自分は居なくなったわ。少なからずとも、彼女は私の味方だ。
「本当は聞かなくても分かってるじゃないの。」
だから私は言った。当然とでも言う様に彼女を貫き通した目。
彼女の顔がふっと緩むのがこの目ではっきりと分かる。
ねえ、私には貴方しか居ないの。独りぼっちなのよ私は。あの時のことは後悔していない。
そっと触れた時、今までの感情が抽象化して現れた。
感情達はぴかぴかと私を見送るよう、静かに発光して消えた。微かに、見送りの拍手が聞こえた気がしたわ。
私はぱっと心にかかった霧があかるくなる。
そして今、私は彼女と隣に居る。暖かな人間の温もりが、これまでの私では手に入れられなかった温もりが、全身にじんわりと伝わって走る。
彼女のお陰で私の心の片隅が、ほんの少し、喜んでぱっと暖まるような気がしたの。
ずっと一人だった。ずっと独りだった。
でもそんな私が心の奥底に縮こまっていた時、
彼女は現れた。
私の心から、私の意思から、私の信念から。
私のたっくさんの哀しみ虚しみから、もうひとつの私が生まれた。彼女に救われたの。
けど時々、脳内で眠っている悪魔が、私の首に鎌をかけて語りかけてくる。悪魔の声は徐々に根深いものとなり、私の耳に嫌になるほどこびりついて取れない。
虚しいほどに不安に囁かれている私を見て、彼女はいつもきっぱりとこう言う。
「悪魔の囁きになんか惑わされていたら、いつか鏡にも簡単に散りばめられてしまうわよ。」
「私しか居ないくせに。」
鏡は想像よりもはるか上に芯があるものであった。意思が強いのだ。
そして、鏡に映った人間の心や本性を表すことがある。その映し出されたものは、途方に暮れたどうしようもない哀しみであったり、活気溢れた向日葵のような暖かい微笑みであったり。
反映されるモノは人それぞれ異なるの。
私の場合、映し出されたものは他の感情も何も無い、ただ一つの望み。
寂しいという、あまりにも哀れなモノだった。私の消えそうでちっぽけなようで大きい思いが、鏡の意思を動かしたのかしら。
「........ねえ、」
「...あんたって意外と独り言がおおいのね」
「そう?」
「そんなお喋りになっちゃって。」
普段そんなすっぽ抜けた顔をしない彼女が気の抜けた表情で言う。
...確かに彼女の言う通り、私独り言増えたかしら。でもそれって良い事よね。
今まで孤独という檻の中に閉じこもって居たけれど、その檻を突き破って私は、自由に飛んでいるのよ。
翼が在る価値をたった今知ったわ。
私は、ちょっぴり誇らしく言ってやる。
「..貴方のせいね」
「好きなように言ってらっしゃいな」
「あらいつもの貴方ですこと」
その場の空気がじんわりと和らぐ。
ああ、ずっと私このままでも良いかも。ずっと、ずっと此処に居たいわ。元に戻れなくともね。
彼女が居るだけで、私の心の荷物はふっと雲のように軽々しくなったもの。
彼女が現れてから私の心の傷はまたたく間に癒やしていった。
私の中に不足していた、たくさんの暖まる感情、温もりが、1ミクロンのズレもなく形成されていく。
心の中にできたまあるいの穴が、ひとつひとつ丁寧に修復されていくのが分かる。
それぞれの失われた暖かい感情が、じわじわと。私はより一層、彼女への思いが強くなった。
’’寂しい’’という、孤独ではどうしようもできない疾患を彼女の存在ひとつで直せるのはある意味セラピーじゃないかしら。彼女がいるお陰で、体調も気持ちも以前より晴れやかになった。
ずっと檻の中に居ては感じることができないこの感情。
なあんて言うのだろう。私にしか感じられない感情ね。
「ふう...」
思わず興奮が抑えきれず高揚感が滲み出る。
彼女と過ごす時間はほんとうに楽しかった。いつもはじりじりと長く感じる時間が、あっという間に過ぎていった。
これは彼女と過ごした時間を永遠に忘れないようにするためでもあるの。
彼女が居る中での生活はもう、かけがえのない時間だったものだから。
私は、私は幸せだった。彼女が居るってだけで、ほんとうに幸せで心が満たされた。
今思えば、私は彼女に依存していたのかもしれないわね。
彼女に依存するほど私はそこに居てくれる事がたまらなく嬉しかったのよきっと。
長い間一人だった私に、彼女が側に居るというかんたんであるけど依存性のある療法は効き目が良すぎた。
でも、私にとってはもうこのままでも良いかなって。少なくとも私はそう思っているわ。
作者にとっても本当に書きがいのある第3話でした最後までお読み頂いた方、光栄です..
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