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【創作】という《希望》

作者: カケル

 パソコンやテレビの画面は液晶だ。

 数百万もの極小の画素、バックライト、フィルター諸々を組み合わせた、謂わば超精密機器。

 とはいえ、たかが液晶画面。

 画面を見つめる我々人間にとって、その向こう側の世界を本当の意味でのぞき込んでも入り込んでもいない。

 せいぜいが疑似体験——ただ受動的に受け取っているだけの【創作物】に過ぎない。

 故に。

 小説も、漫画も、アニメも、映画も、テレビも。

 メディアと呼ばれる媒体はすべてまがい物である、と。

「……」

 ペタペタとタブレットに触れる液晶ペン。

 画面のカーソルが動き、キャラクターに鮮やかな色が塗られていく。

「……何やってんだろ」

 大河は呟く。

 今作り上げているネーム。

 魔王を倒す旅に出る主人公が、ハーレムを築いて世界を救うという話。

 ありきたりで、解り切った、ありふれた内容のそれ。

「こんなつまんねえ作品、誰が読むんだよ」

 贋作だ。

 模倣品だ。

 劣化版だ。

 こういったモノは本当に世に溢れている。

 彼の書く作品は至って普通。

 面白いとは程遠い出来だ。

「キャラは良いんだけどなあ」

 簡潔にまとまった要素、そして性格。

 まさに勇者。

 まさに聖人。

 そして愛に溢れるヒロインたち。

「でもつまんねえなあ」

 他の作品と比較すると一気に格が落ちる。

 端的に言うと、魅力がない。

 退屈なそれ。

「いや、俺が退屈なのか」

 社会を知り、人間を知り、そして絶望を知った。

 結局はこの世界は才能のある人間だけが勝つ。

 持つ者だけが生き残る、そんな世界。

「つまんね……」

 液晶ペンを放り投げ、天井を仰ぎ見る。

 モニターライトだけが光る部屋。

 天井の薄暗い輪郭だけが見えた。

「……」

 この世界に神はいない。

 非常で残酷。

「……」

 画面に視線を落とす。

 自分が作り上げたキャラ、そしてストーリー。

 自分の中では最高傑作なそれを、けれど納得がいかない。

 どうしてもちらつく優秀賞作品のサイトページの記憶。

 落選続きの通知を思いだし、彼は十度目のため息。

「変化のない……」

 読者受けの作品を創っても、自分勝手な作品を描こうとも。

 満たされない気持ちでやるせない感覚。

「他の作者はみんな、トントン拍子でやれてるんだろうなあ」

 描き始めてから十一度目のため息。

「………」

 画面を切り替えて、キャラ設定のそれを見た。

 さわやかな笑顔の主人公・アキラ。

「……ふー」

 ついには鼻でため息。

 穴が開くほど、大河はそのキャラを凝視した。

「はあ……」

 不甲斐ない自分に、彼は首を落とす。

 タブレットが目に留まった。

「……」

 何十分だろうか。

 気が付くと、彼は無意識に画面を見た。

「……あれ?」

 けれど白紙だった。

 真っ白だったのだ。

「おかしいな」

 画面は切り替えていないし、削除した記憶もない。

 なのに目の前のキャラ設定画面は真っ白だった。

「嘘だ」

 焦った。

 焦りまくった。

 せっかく作り上げたキャラが、設定が、世界観が。

 そのすべてが消えてなくなっている。

 ——ダメだダメだダメだッ。

 彼は無意識に叫んでいた。

 ——死にたくなった。

 と。

『どうした、少年』

 だが唐突に。

 備え付けのスピーカーから爽やかな声が聞こえた。

 透き通るような、聖人君主のような声だった。

「え?」

 視線を別の画面に映す。

 真っ白なページになってしまった画面とは別の画面。

 デュアルモニター仕様の、上の画面。

 爽やかな男が足を汲んで、肘をついて切り株の上に座っていた。

 色美しい森の中で。

 見知った世界観の、見慣れたはずのその男を。

「アキラ……」

『うん、君が創った僕だ』

 喋っていた。

 大河が作った、読者受けするであろうその大切なキャラを。

「な、な、な」

『君のため息が困っていたみたいだから。ついつい』

 はにかむ彼。

 大河が思い描いた彼そのままだった。

「な、なんで」

『うん、君を助けに来た』

 毅然とした眼差し。

 雄姿に勇姿で。

 まさに勇者。

『苦戦してるみたいだね』

 アキラが画面を人差し指でトンと触ると。

 書きかけのネームがポンと現れた。

「あ」

『僕と魔王が戦うシーンだね』

 聖剣で戦う彼と魔王の姿。

 迫力のある戦闘シーン、のはずだ。

『僕がこんな必死な顔するかい?』

「え」

 いきなりの質問に、大河は目を開く。

 けれど【アキラ】は続けた。

『君が創った僕は、勇敢で清涼、聖人のような余裕のある人物だろう? なぜこんな焦った、追い詰められた顔をしているんだい?』

 眉根の寄った眉間。

 動きのある剣戟で、流れる大粒の汗。

 拮抗する戦いに、だが焦りを表す彼の姿。

「た、闘いってこういうものじゃ?」

『違う。戦いどうこうの問題じゃない。僕のキャラの問題だ』

「キャ、キャラ?」

 この摩訶不思議な状況に、しかし大河は【アキラ】と対話することをやめない。

『僕は、どういう人間だい?』

 指をタクトのように振るうと、途中までできた戦闘シーンが一瞬で削除され、次いで高速で線が引かれてコマが描写されていく。

「……あ」

 先ほどの鬼気迫るコマ割りと描写が鳴りを潜め。

 追い詰められているのに爽やかで落ち着いた彼の姿勢が華麗に描かれていた。

『僕は聖人君主だ。負の感情は抱かない慈悲なる勇者だ。ならばこうだろう? 危機的な状況に対する余裕ってのはね』

 スラスラと描かれていくストーリーは、まるで花が咲くように可憐で、それでいて滝のように流麗だった。

 激のある力強い剣技ではなく。

 攻撃を受け流し、振るう剣は大気を滑る様だ。

 まさに浪漫。

『君は社会や人間を知ったと悟ったね?』

「いや……悟ったって言うか、割り切ったというか」

『目を背けただけだろう?』

 ドキリと。

 心臓が跳ねた。

『本当に受け入れた人間は、そも【人間】そのものに未練はない』

 アキラは剣を抜き、剣技を見せた。

 描いた漫画を、そのままアニメにしたように。

 それでいて細やかな動き、全てに気遣った動き、そして洗練された研ぎすました動き。

『迷いも怒りも悩みもないんだ。何にも期待しないし、頼りもしない』

 彼の動きがだんだんと加速する。

『自主。自力。自信。自認。自助。自傷。自働。自儘。自制——すべて自分であり、自分こそが《世界》だと、受け入れてしまうんだよ』

 キレのある、一番の突きが貫いた。

 画面を飛び出したかと思うほどの刺突。

 美しかった、と。

『君が創り上げた僕は、何者だい?』

「……あ」

 そう言われ。

 それは《自分》だと気づく。

『君の中のとある一面が《僕》であり、それを表現するための《世界》が【ここ】なのだろう? そして彼女たちも』

 画面の端からひょこと現れる女性たち。

 愛に溢れた、自信に満ちた女性キャラクターだ。

 聖女。

 格闘家。

 魔法士。

『君の願望であり、あらゆる一面の一つ』

 可愛く、そして綺麗な笑顔が大河に向けられた。

『ハーレムなんてありきたりな設定も、けれど全人類が望む普遍的な願望さ』

 彼が切り株に座ると、両隣、そして後ろから抱き着く彼女たち。

 羨ましい、と大河は思った。

 それに、【彼】はにやりと笑って。

『その願望、表現、そして《現実》——』

 彼にじっと見つめられた大河は、身体が無意識に後ろへ動いたことに気づかない。

『《現実》とのギャップによって打ち砕かれた目標や夢——それを疑似体験するために創り上げた、偽物の世界に浸るという【満足】——すなわち、何も進まず眼を背けているという事実』

【彼】の言葉が、《彼》の心臓に突き刺さった。

 先ほどの刺突さながらに。

 美しいほどに命中した。

『僕は君だ。君が抱いているものくらい簡単に想像できる。創造だけにね』

 面白くないジョークだった。

 彼女たちは楽しそうだったが。

『だから成功しない。本当の自分と何も向き合っていないから』

 そう。

 本当は描きたかったのだ。

【彼】が描いた構成そのものを。

 ご都合主義じゃなかろうかと、詰まらない展開じゃなかろうかと、彼は望まぬシーンを描いた。

 本当は余裕な【彼】を描きたかったのに

 本当は爽やかに対応する【彼】を描きたかったのに。

 本当は落ち着いて受け流す【彼】を描きたかったのに。

 本当は。

 本当はこの《現実》で、そんな【自分】になりたかったのにッ。

 と。

『君の【現状】だよ。この漫画に描かれている、ちぐはぐで矛盾した、本心とはかけ離れた《現状》そのものがそれだ』

 涙が出そうになっていた。

 心が揺れる。

 魂が震える。

 本当は。

 本当は。

 と。

『それだと誰にも響かないし読んでももらえない。《矛盾》、《迷い》、《悩み》は——そうした創作物すら歪ませる《【《現実》】》になってしまうからだ』

 大河はダランと俯いた。

 割れるほどに歯噛みした。

 食い込むほどに拳を握りしめた。

 それを見た勇者は。

 ふうと息を吐く。

『さて、お説教はここまでにしよう』

 アキラはにこりと笑うと。

『君の【作品】と、そして【僕】は実に素晴らしい』

「え?」

 その言葉に、大河はふいに顔を上げてしまった。

 上げてしまっていた。

『期待したでしょ? でも赦してあげる』

 優し気に微笑んだ。

『聖人君主も、突き詰めれば個性だ。誰にでも優しい人間は、誰にでも奪われやすい、けれど極めれば、最高の人格に成れる』

 何かが、震えた。

『迷っても良い、悩んでも良い、怒っても良い、憎んでも良い、なんなら殺してもいいくらいだ』

「こ、殺しって」

『知ってるよ[復讐してもしなくても大切な人は帰ってこないけど復讐した方がすっきりするんじゃないかな]って』

 さわやかな笑顔でえげつないことを言う【勇者】。

『いいや違わない。受容だ。そしてそれに責任を持つこと』

 その言葉が、胸に刺さる。

『君が本来【僕】に言わせようとしていたことだ。違うかい?』

 そう。

 最後の最後で勇者は死ぬのだ。

 魔王の道連れによって。

 彼女たちを残して。

 勇者は死ぬのだ。

『彼女たちに残す最期の【言葉】、いや、自分に投げかけた最初の《言葉》のはずだ』

 この作品を創るに至っての、最初のテーマ。

 たくさんの困っている人を助け、そして言うのだ。

 ——前を向け、そして進むんだ、未来に向かって。

《希望に向かって》。

「うん」

 思い出す大河。

 描き始めた時のあの気持ち。

 沸々と湧き上がってくるあの感覚を。

『うんうん』

【彼】は満足気に頷いていた。

『吹っ切れた?』

 そう【彼】が問う。

「うん」

 そう《彼》は頷いた。

 そうして。

 目の前が真っ白になっていくのを、大河は感じた。

【彼女たち】が手を振っていた。

【彼】が嬉しそうに笑っていた。

 旅立ちの時のような気持ちで。

《彼》は晴れ晴れとして。

 ————。

 ———。

 ——。


「…………あれ?」

 タブレットを横に置いて、大河は目を覚ました。

 窓から朝日が差し込んでいる。

 今日は休日。

 ゆっくりできる日だ。

「…………」

 デスクから起き上がり、大きく伸びをする。

 身体がパキパキと鳴った。

「…………」

 夢から覚めた。

 酷いことを言われたようで、けれど励まされたような、優しい夢を。

 画面を見る。

 優し気に微笑む、【彼】の姿。

 小さく、自信満々に笑っているように見える【彼】を。

「頑張るか」

《自分》を奮い立たせるように。

【彼】に感謝するように。

 スッキリした面持ちで。

 大河は——。

 進むという《道》を選んだ。


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