表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

夏のある日~ヴァルターの学院生活~

初めての講堂に足を踏み入れた時には、その天井の高さにおののいたものだ。入学してしばらく経ち、もう何とも思わなくなっていた。

外はゆだるような暑さでも、白々とひんやりした壁が熱を遮る。


教師が前に立ち、黒板に文字を刻みながら問いかける。


「宝石の本当の価値とは何だ?」


生徒たちは口々に答えた。輝き、希少性、資産価値。

教師は首を振り、


「それもあるが、最も重要なのは——地脈との共鳴だ」


と言った。


「地脈とは、大地に流れる力のことだ。鉱石や宝石は、地脈の流れを受け、その力を宿す」


ヴァルターは眉をひそめた。そんな話は聞いたことがない。


「この地にある神殿が、宝石を管理しているのもそのためだ。適切に配置し、祈りと共に扱えば、人々や土地に良い影響を与える」


「……それは、神殿の秘伝にあたる話じゃないのですか?」


ヴァルターの問いに、教師はため息をついた。


「かつてはな。だが、本来は技術の一つにすぎない。神殿が独占しているだけだ」


ヴァルターはこの言葉をきいて初めて、神殿に対して小さな疑問を抱いた。


教師は杖を手にし、講堂の黒板に精緻な図を描く。そこには、地脈を示す幾何学的な線が交差し、その中心に神殿の構造が刻まれていた。


「神殿とは、単なる信仰の場ではない」


「この地の地脈は、通常ならば一定の流れを持ち、土地を潤し、生命を支える。しかし、宝石の持つ力を適切に調律しなければ、その力は制御を失い、乱れる」


ヴァルターは黒板の図を見つめた。神殿の建物全体が、まるで巨大な共鳴装置のように配置されていた。


「この神殿こそが、宝石の共鳴を調律し、人々に“恵み”をもたらすための中心機構なのだ」


「では、もし神殿が失われたら?」


誰かがそう問いかけた。

先生は静かに答えた。


「地脈の流れは狂い、宝石は共鳴を失い、その恩恵も失われるだろう」




ヴァルターは入学前、貴族学院がどんな世界なのか、漠然としたイメージしか持っていなかった。学ぶべきことは山ほどあるし、貴族の子息としての礼儀作法や戦術学、剣術、経済学に至るまで、必要な科目は想像以上に多岐にわたる。予想以上に宝石文化の授業が多いが、神殿学校の授業でやった基礎が生きていてそんなに辛くはない。


だが――そんなものはどうでもよかった。


学院での生活が始まってからも、ヴァルターの頭の片隅にはいつもラファエルがいた。


(ラーは今も、神殿であの誓約を唱えてるんだろうか)


その日の授業を終えた学院の庭には陽射しが満ち、草木は生い茂り、空には入道雲が浮かぶ。何百年前の生徒たちが過ごした時代と変わらぬ景色が、ここにはあった。


だが、ヴァルターの心は晴れなかった。


ラファエルから届く手紙は、いつも変わらない。

淡々としていて、どこにも感情の揺れが見えない。


「変わりない。大丈夫。」


そう書かれた文字は、まるで呪いのように、ヴァルターの心に突き刺さった。


(本当か?本当に変わりないのか?)


夜、寮の自室で手紙を開いたヴァルターは、机の上に肘をつき、深く息をついた。


寮の団欒室からは、他の生徒たちの楽しげな声が響いてくる。

気の合う仲間たちはできた。剣術の授業では同輩と競い合い、時に勝ち、時に負けながら技を磨いている。教養の授業では貴族としての作法を学び、武人の家系らしく戦術や政治の基礎知識も身につけつつあった。宝石だって神殿に通っていた時より上手に磨ける。


表向きは、学院生活に馴染んでいる。だが、ヴァルターは知っていた。

本当は、自分の心はここはない。


ペンを取り、ラファエルに返事を書く。


「卿が無理をしていないなら、それでいい」

「ただ、卿が本当に望むことを教えてください」


それだけ書いて、しばらくペンを止める。


窓の外では、夏の夜風が吹いていた。

向日葵が月明かりに照らされ、揺れている。


ヴァルターは窓を開け、涼しい風を感じながら、ラファエルの言葉を反芻する。


「変わりない。大丈夫。」


――そんなはずがないだろう。


神殿の誓約を唱えながら、何も感じないはずがない。

あの澄んだ金の瞳が、ただ日々を無機質に過ごすだけで満足しているとは思えない。

知っているのか?神殿がきなくさいこと。お前、そういうこと、許せるタイプじゃないだろ。


ヴァルターはもう、あの頃のように無邪気に「ラー!」と呼べない。

ラファエルが何を考えているのか、知りたくても簡単には聞けなくなった。


けれど。


(俺がいない間も、ラーは一人で戦ってるのかもしれない)


手紙を封じ、紋章の蝋印を押す。

夜風が吹き込む窓辺で、ヴァルターは誓った。


「いつか、俺が、迎えに行きます」


それまでに、もっと強くなる。

どんな策を講じようとも、どんな相手を前にしようとも、ラファエルを縛る鎖を断ち切れるだけの力を――。


それを持って、ラファエルの元へ戻る。


手紙ではなく、言葉で伝えるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ