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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嫌なことがあった日は「動物の捕食動画」を見るに限る

 今日は嫌なことがあった。

 こんな日は動物の捕食動画を見るに限る。

 捕食動画ってのは意外と需要があるようで、動画サイトで『動物名 捕食』とかで検索すれば、かなり色々なものが出てくる。

 海外の人が投稿している動画も多いので、英語で検索するのも有効だ。例えばライオンの捕食動画が見たいのなら『lion eat』とかね。


 夜、自宅に帰った俺は、捕食動画を見るためノートパソコンを開く。

 別にスマホでも見られるけど、やっぱり画面が大きいと迫力や臨場感が違う。

 適当に検索しては、俺は動画を開いていった。


 シマウマが群れをなして川を横断している。

 かなり流れの速い川だが、そこはさすがシマウマ。逞しい足腰で決して流されることはない。

 ところがこの川、近くにはワニが何匹もいる。シマウマもそれを承知でここを渡っているようだ。

 俺からすればこんな川通るなよ、そもそも川渡るなよ、と思ってしまうが、シマウマには彼らなりの事情があってここを渡らねばならないのだろう。

 群れは順調に渡河を進めていくが、やがて一頭のシマウマにワニが食らいついた。

 脚だ。脚に噛みつかれ、そのシマウマはトラバサミを喰らったようになってしまった。

 シマウマも必死にもがくが、ワニの牙からは逃れられない。

 しかも他のワニもそのシマウマに殺到し、シマウマはどんどん川の中に引きずり込まれる。

 こうなるともう絶望的だ。陸上ならシマウマにも逃げるチャンスはあっただろうが、なにしろ水はワニのフィールド。逃れる術はない。

 みるみるシマウマの体は水に沈んでいき、餌食にされていった。

 ちなみにこの間、他のシマウマに仲間を助けようとする素振りは一切なかった。

 それどころか「ワニどもはあいつを食ってる! 今がチャンスだ!」とばかりにどんどん川を渡っていく。

 まあ、食われてるシマウマは同種族といっても赤の他人だろうし、助ける義理なんかないのだろう。

 自然ってのは厳しい。


 次に見た動画では、平原でハイエナの群れがオスのインパラを追い詰めていた。

 ハイエナは獲物を横取りする卑怯者ってイメージがあるが、実際には相当狩りが上手いらしい。なんなら百獣の王と名高いライオンより上手く、むしろライオンに獲物を横取りされることもあるそうだ。

 それはさておき、ハイエナとインパラの攻防は続く。

 ハイエナがどこかに噛みつこうと距離を詰めるが、インパラはすかさず頭のツノでこれに応戦する。

 ツノを恐れてか、ハイエナはなかなか決定的な一撃を与えることができない。

 一斉に飛びかかればあんなツノを恐れることもないんじゃないか、とも思うが、万が一ツノで刺されてしまえばそのハイエナはこの戦いには勝てても、そこから先生きていくことは難しくなる。だから捨て身の攻撃にはなかなか踏み切れないのだろう。

 だが、動画開始から数分が経過し、インパラの動きが鈍ってきた。

 今だとばかりに一頭のハイエナが脚に噛みつき、すかさず他のハイエナも襲いかかる。

 脚やら腹やら首やらを噛みつかれ、インパラは転倒してしまう。

 こうなってしまうともうどうしようもない。なすすべなく食われるのみ。

 しかも、ハイエナってのは獲物の息の根を止めず、そのまま柔らかい腹のあたりから獲物を食っていく。インパラは生きたまま食われる苦しみを味わうことになる。これは熊もそんな感じだっていうよな。

 インパラも多少脚をジタバタさせるが、もはやハイエナの食事を妨げることはできず、内臓を豪快に食い散らかされていく。

 動画の最後に映された顔を真っ赤に染めたハイエナたちは、なかなか凄まじい画であった。


 今度の動画では、まずバッファローの群れが草原を歩いている。

 巨大な黒い牛が行列を作り歩く姿はなかなか壮観だ。

 そこに数頭のメスライオンが突進する。ライオンで狩りをするのは基本的にメスだからな。

 バッファローたちはライオンを恐れ、たちまち逃げ去っていく。

 だが、中には逃げ遅れる個体も出る。

 そう、それは子供だ。

 子供のバッファローがライオンたちに捕まってしまった。

 その子供も鳴いたり、脚をジタバタさせたり、抵抗はするのだが、さすがにどうしようもない。

 人間界では子供に暴力を振るうことは、大人に振るう以上に卑劣なこととされる。しかし、自然界では弱い子供を狙うのは当然であり、そこになんら責められる筋合いはない。

 そこへ子供の親らしきバッファローが駆けつける。ライオンから我が子を助けようというのだろう。

 しかし、いくら体が大きいバッファローでも、一体ではライオン数頭には敵わず、我が子を見捨てる選択をせざるを得なかった。

 親に見捨てられた仔牛は、ライオンの食事となり、もがき苦しみながらその短い生涯を終えた。


 こうした捕食動画を見ていると、様々な感情が頭に浮かぶ。

 シンプルに可哀想だとか、これが自然の厳しさなんだなぁとか、カメラマンよくこんなシーン撮れたよなとか。

 そして、“優越感”も。

 こうして残酷に食われていく動物を見ていると、なんともいえない優越感に浸れるのだ。

 ああ、人間に生まれてよかったって。

 自然界じゃ、生まれ落ちたその瞬間から生存競争が始まって、子供だって容赦なく食われる。生き延びて年寄りになったとしても、もちろん老後の保障なんかなくて、容赦なく食われる。

 食う方だって大変だ。獲物を取れなきゃ飢え死にしちゃうんだから。狩りがヘタクソなライオンやハイエナのために肉を分けてくれる奴なんていないんだから。

 それに比べて人間社会のなんとイージーモードなことか。

 子供の頃から子供なんだからと大切に育てられ、学校に通って教育を受けて、もし何らかの事情でレールから外れてしまっても、生きていく手段はそれなりにある。

 常に天敵に怯えながら生活する必要なんかなく、好きな時に好きな物を食べ、こうして安全な場所で動画まで楽しめてしまう。

 そりゃ人間社会にも嫌なことは多いが、「襲われて食われる」よりは遥かにマシなことは間違いない。

 だから俺は嫌なことがあった時は捕食動画を見るのだ。


「ああ、俺は人間でよかった」


 ――と思うために。

 俺は人間として生まれた。おかげで食うか食われるかの生活をせずに済む。それだけで素晴らしい。野生動物として生まれなかったことの幸せを噛み締められる。

 食われていった動物たちよ、どうもありがとう。

 君たちのおかげで俺はまた明日から頑張れる。

 そう思って俺はパソコンから目を離し、椅子ごと後ろを振り向いた。




 そこには――いた。




 何が“いた”のか。俺には説明しようがない。

 身長2メートル近くありそうな“何か”が二足で立っていた。全身は白く光沢があり、腕も二本あるが、服は着ていないし、毛も生えてない。顔には目玉らしい突起物が二つあるが、それが目玉なのかすら定かではない。どうやって家に入ってきたのか見当もつかない。

 “そいつ”はまもなく“口”を開いた。

 口には鋭い牙が無数に生えており、「俺を食うつもりなんだ」とすぐに直感できた。

 “そいつ”は無言で俺に近づいてくる。

 パニックや恐怖のせいなのか、“そいつ”が何かしているのか、俺は微動だにできない。


 なるほど、そういうことか。

 人間にだってちゃんと天敵はいて、捕食されることがあるんだなぁ。

 ひょっとしたらこの様子も動画に撮られてるのかも――






お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
最期の動画。 配信されたとしても削除されるか、本気にされないかだろうなあ。 いや、配信してるとすれば、この“そいつ”に類する連中になるのか。 だとしたらГははは、こいつ油断してやがんの~、うける~」と…
[良い点] 自然界の生存競争や悲惨な事故や出来事を扱った番組や動画などなど。 あらゆるスリルは自分が安全圏に居て(居ると確信出来て)こそ楽しめるとはよく言われますが、まさにそれを自覚させられる物語でし…
[良い点] まさしく「弱肉強食」の世界ですね。 でも、ワニもハイエナもライオンも生きるために必死なんですよね。 私は「動物の捕食動画」を好んで観ようとは思いませんが、こういう事に目を逸らしてはいけない…
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