都会の隙間
──冬の寒さは一段と厳しくなっていた。誰もが、足早に帰路につく。通りすがる意識が、全て影のような物に変換されていくようだった──
「現時点で全て、可能性は無くなりました」
少し痩せた長身の男はそう言い放つと、そそくさと身を引いた。
「……何が議定書だ」
相当苛立ちが募っているのだろうか。足をカタカタと揺すり、目はぎょろぎょろとあちこちを見回して、吸い始めたばかりの煙草で何度も灰皿の縁を叩いている。どっぷりと膨らんだお腹に、黒縁の眼鏡が印象的だ。
暫くして落ち着きを見せ始めた時だった。
「そんなものだよ」
白髪の老人がそう発しながら入ってきた。
「鍋島さん。でも、いや……、しかし──」
何やら色々と不満をいいたげに口を開いたが、鍋島の威圧感に噤んでしまう。
「まぁ、そう慌てるな。まだ変換が終了したわけでもなかろう」
「ええ……。ですが一時的に被害者が出ますよ」
気がつくと煙草はフィルターまで焼き尽くそうとしている。慌てて灰皿へ押し潰した。
「記憶だけを残してサーバーに転送される。不運だな……」
鍋島がそう呟く。
通りすがる人々が次第に影のような物に見えてくる。何も興味が無くなり、誰にも干渉されることなく人生をやり過ごそうとしていたのかもしれない。気がつくと、それは都会の隙間にはまっている様だった。
脳内では、すべてを変換しきってしまったのだろうか。しきりにそんな事を考えていたのかもしれない。
身体が寒さを感じなくなっていた。通りすがる人影が記憶の影へと変換されていくのがわかる。
やがて僕等は、記憶だけを引きずっていた。