刺客急襲
澪鬼達と別れた伊織とヒメ婆さんは色街を出て、長い石畳を歩いていた。
鳥居が延々と続き、石畳は提灯のぼんやりした橙色に照らされている。
「綺麗なところだな……」
伊織が辺りを見渡す。
「写真撮ってみな」
ヒメ婆さんが伊織のズボンのポケットを指差す。
「確かに映えそうだな」
伊織がスマホを取り出してカメラを起動する。
「あれ?」
伊織がレンズを見る。
「なんも写らない……」
「ほっほっほ、そりゃそうじゃよ」
ヒメ婆さんが笑いながら言う。
「この辺りは特に霊力が濃いからの、霊力で視界が遮られとるんじゃよ」
「へー……ってじゃあ俺は何で『桃源郷』が見えてるんだ?」
「そんなもん、伊織に霊力があるからに決まってるじゃろ」
ヒメ婆さんが伊織に尋ねる。
「美裕は元気か?」」
「あ、母さんか……母さんのこと知ってるのか?」
「そりゃもちろん。そうでないとお前さんはこんなとこにおらんよ」
「母さんも『桃源郷』にきたことあるのか?」
「来たも何も……」
ヒメ婆さんが何か言おうとした時、鳥居の列が途切れ、大きなお屋敷が現れた。
「ヒメ様、濡羅吏伊織様、ようこそおいでくださいました」
赤い着物に身を包んだ赤い髪の女が頭を下げる。
「濡羅吏?偉い人なんだろ?そんな人見当たらないけど……あと俺織島な」
伊織が辺りをキョロキョロする。
「大将がお待ちです。こちらへ」
女が庭を通る。
伊織達も着いていく。
「縁側にいるのか?」
「多分ね」
「お連れしました」
女が縁側に座る一人の男の前に立つ。
「ご苦労様、下がって良いよ彼岸」
「失礼します」
彼岸と呼ばれた女がふっと消える。
「お消えた。瞬間移動か?」
伊織が驚く。
「いきなり呼び出してすまなかったね」
男が言葉を発する。
「いえいえ、全然大丈夫だよ。それより」
ヒメ婆さんが唖然としている伊織に視線を向ける。
「この子に用があるんだろ?」
「うん。ちょっと驚かせちゃったみたいだけど」
男が苦笑いする。
伊織は相変わらず固まったままだ。
『これ……俗に言うぬらりひょんだよな?端整な顔立ちだ。顔だけでくってけるだろうな。綺麗に剥げてるけど、ちょっと頭でっかいけど』
「あ、あの」
「どうしたわが子孫よ」
「え?」
「なんだわが子孫」
伊織がヒメ婆さんの方を向く。
「この人なんなの?」
「濡羅吏様だよ。この『桃源郷』を治める王様みたいなもんだ。お前さんや美裕のご先祖だよ」
「マジか……端整な顔も頭も受け継いでないけど」
「顔はどうかわからないけど頭は人間と血が交わっていくたびに見た目は人間と大差無くなっていったみたいだね」
「へー、つまり母さんは人間と……」
「妖怪の混血種って訳だ」
『人間と妖怪のハーフ?マジかなんかショックだわ。父さんは母さんとどこで出逢ったんだろ』
「君のお母さん、濡羅吏美裕がどうして君をここに送り込んだか分かるかい?」
濡羅吏が伊織に尋ねる。
「いや、分からない。とにかく桃源神社に行けとだけ……」
「君は自分の持つ力に自覚が無いみたいだな」
濡羅吏が伊織の目の前に一瞬で移動する。
「動かないで」
「え?は、はい」
伊織が困惑する。
肌がざわざわするのを感じる。
「彼岸!」
ヒメ婆さんが大きな声で彼岸を呼ぶ。
刃が伊織に迫る。
金属と金属がぶつかり鈍い音が響く。
「『地獄』の者か!」
間一髪で凶刃を防いだ彼岸が黒い鎧兜に身を包んだ敵を蹴りつける。
敵が後ろに飛び退いて刀を構え直す。
「……クク」
「何が面白い!」
彼岸が飛び掛かる。
「今だ!」
鎧兜の敵が勝ち誇ったように叫ぶ。
気配を隠していた別の鎧兜の敵が刀を振り上げる。
「濡羅吏共、覚悟ー!」
彼岸がカバーに回ろうとする。
「しまった!」
最初の敵が距離を詰めて彼岸を足止めする。
「覚悟するのはお前だ!」
聞き覚えのある声と共に濡羅吏に刃を向けた敵が切り裂かれる。
「……よく気づいた、澪鬼」
濡羅吏が澪鬼に微笑みかける。
「くっ、ここまでか」
敵が退却しようとするが、彼岸が技を繰り出す。
「花刃旋風」
刃が無数の鉄の花びらとなって敵に襲いかかる。
「ぐあああ!」
あっという間に血と肉のスープが出来上がる。
「うわ、グロー」
伊織が目をそらす。
逸らした先に生首が転がっており、伊織は天を仰いだ。
「助かった、澪鬼」
彼岸が刀を鞘に収めて澪鬼に礼を言う。
「いやな気配を感じて急いでやってきたんだ。虫の知らせってやつだ」
澪鬼も刀を鞘に収める。
「二人ともありがとう」
濡羅吏が二人に感謝を述べる。
澪鬼と彼岸が跪く。
「ここは少し不安だ。六波羅まで移動しよう」
ヒメ婆さんが懐からお札を一枚取り出して地面に置く。
「雷獣なら追いつけまい」
札が黄色く光りだす。
黒い毛に雷をまとった大きな獣が現れる。
「私は警務共の様子を確認してきます。曲者共に気付けなかったとは思えません。万一のこともあります。先にお行きください」
彼岸がふっと消える。
「我々も行こう」
濡羅吏が雷獣に飛び乗る。
伊織もヒメ婆さんが雷獣にまたがるのを手伝ってから乗る。
雷獣が走りだす。