色街へ
「ところで色街ってなんなんだ?」
伊織が隣を歩く艶狐に尋ねる。
「はい、『桃源郷』の外れにある行楽施設、もとい男衆の憩いの場、らしいですなぁ」
「それって……」
「別に危ないとこや無いですから、安心してくださいね」
艶狐が伊織の腕に自分の腕を絡ませて笑いかける。
「そうなんだ……」
「まーた男を取っ替え引っ替えしてんのか?艶狐」
先頭を歩く澪鬼が振り返って艶狐を煽る。
艶狐がムッとして言い返す。
「人聞きの悪いこと言わんでください。幸の薄い女やと思っといてくださいね」
また伊織に笑いかける。
「ああ、ははは……」
『なんか気まずいなぁ。決着つけるとか言ってたし血で血を洗う抗争とかあったのか?仲介なんか絶対無理だろうし』
伊織はだんだん心配になってきた。
⭐⭐⭐
「……決着って」
色街の中央にある広場のベンチに座った伊織が苦笑いする。
目の前では澪鬼と艶狐が杯をぐびぐび呷っている。
「酒飲み対決?」
「プハーっ!人間さまもやります?」
艶狐が酒を持って近づいてくる。
「いえ、結構です!」
伊織が慌てて遠慮する。
「じゃあ女の子に何か持ってこさせますわね。蔡!」
艶狐が呼ぶと恐らく猫又であろう女の子が走ってきた。
「はいはーい、艶狐姐さん!この方に?」
「そう、失礼の無いようにね」
「もっちろーん!少々お待ちくださーい」
蔡が何処かへ走り去る。
「おい艶狐!勝負はまだ終わって無いぞ!それとももう限界なのか?」
澪鬼がまた一つ杯をあける。
艶狐のしっぽがピクピク動く。
「言わせておけば……!」
艶狐が負けじと酒を呷る。
野次馬が続々と集まってくる。
「あんだけ飲んで大丈夫かよ……」
伊織がなりふり構わず酒をのみ続ける二人を心配そうに眺める。
「お待たせしました人間さま」
蔡が皿を持って隣に座る。
「ありがとう……って、これ唐揚げだよな!?」
皿の上で琥珀色に輝く揚げ物に伊織は思わず取り乱す。
「焼き鳥以外に唐揚げも存在しているなんて……はっ、君レモンをかけていないだろうな」
「レモン?私たちは普段柚子山椒で食べていますけど……」
蔡が首を傾げながら唐揚げを食べる。
「んー、美味しいー!」
『客に出すもの食うのはどうかと思うが……いやそんなことはどうでも良い!今はこの唐揚げを食らうことだけを考えろ!』
伊織が唐揚げを口に放り込む。
「ウマーッ!」
伊織の喜びの絶叫が色街に響き渡る。
衆目が伊織に注がれる。
「いきなりなんだ、勝負の邪魔ムグゥ!」
「お口に合ったようでハムゥ!」
澪鬼と艶狐の口に唐揚げが押し込まれる。
「酒なんか飲んでる場合か!」
伊織が蔡のほうを向く。
「この唐揚げを作ったのは?」
「え、えーと艶狐姐さんの店の子達です」
「いずれ伺わせていただきます」
伊織が艶狐に伝える。
「そ、そう。お待ちしとります」
艶狐がうろたえる。
「そんなに唐揚げ好きなのか?」
澪鬼が唐揚げをつまみながら尋ねる。
「いや、普通。これがあんまり美味しいから興奮したんだ」
伊織も唐揚げを口に放りながら答える。
「あんた達、ずいぶん探したんだよ。色街にいたのかい」
ヒメ婆さんがこちらに歩いてくる。
「あら!ヒメ婆さまのお連れさんでしたの?」
艶狐が驚く。
「艶狐、酒はほどほどにね、澪鬼もね。伊織、あの方がお呼びだ」
ヒメ婆さんがいつになく真剣な表情になる。
「あの方?」
伊織が尋ねる。
澪鬼と艶狐が驚愕している。
野次馬がざわつき、蔡も唖然としている。
「ぬ、濡羅吏様が?」
澪鬼の尋ねにヒメ婆さんか頷く。
「すぐに行くよ」
「わ、分かりました」
伊織がヒメ婆さんの後ろにつく。
澪鬼もついていこうとするが、ヒメ婆さんに制止される。
「では、飲み比べの続きを始めましょか」
艶狐が杯を持ち上げる。
「臨むところだ!」
澪鬼も杯を持ち上げる。