第5話「狩りっつーのは…」
◇
「ここがフェタフォレスト…別名、白塗りの森…」
「本当に真っ白だね」
「ぴょえーっ!」
スノーウルフを追い掛けるガルバーナを追い掛けているうちにバラーシュとアレスは目的地のフェタフォレストへ到着していた。
「ねえ、本当にガルはここに入ったの?」
「間違いないと思う。ほら、足跡だって森に向かってるし」
「まあ、この血痕もそうなんだろうけど…」
「凄いな、ガルバーナ先輩は。1人であの数を相手にするんだから」
「それだけが取り柄みたいなところあるからね」
魔獣の中でも特に攻撃的な狼型魔獣が逃げ出すなんて事は基本的にあり得ない。
それだけにスノーウルフに恐れられる程のガルバーナの実力は並のものではない。
「あの腕なら王国騎士にも負けないと思う」
「王国騎士って、ラクレット王国の中でも特にずば抜けた戦闘集団だっけ?」
「うん。1人1人がワイバーンを数体相手にしてもお釣りがくるって噂もあるくらいだ」
「それに負けないって、ガルって実は凄いんだ」
ワイバーン。火が吹けない代わりにすぐに生え変わる牙を飛ばす所謂ドラゴンのなりそこないの様な魔獣だ。戦闘力はトップクラスであり、空も飛べる事から非常に厄介な魔獣とされている。
そんなワイバーンを数体相手に取る程の王国騎士と並べられるガルバーナは凄かったんだとバラーシュは感心を見せる。
決して本人の前ではしない。調子に乗るのが目に見えているからである。
「あれってもしかして…」
そんなやり取りをしていると、アレスが視界の悪い中であるものを見つけた。
「ああ…殺ってるね…」
続いてバラーシュも目撃する。
惨たらしく殺されたスノーウルフの死体の山を。
「うえぇ…凄い血の匂い…」
「こたえるなぁ…」
この山を作った当の本人の姿は見当たらず、手分けして辺りを探っていると。
「グルルォォォォオオン!!!!」
少し離れた場所からスノーウルフに似た咆哮が聞こえた。
もしかしてとバラーシュとアレスは顔を見合わせ、声の発生源へと急ぐ。
「アオオォォォォン……」
しかし、そこへ辿り着くまでの間に力のない遠吠えが響き、辿り着いた頃には声の主は息絶えていた。
2人の目に映るのはスノーウルフの親玉らしき逞しい巨躯に白銀の狼型魔獣。
その上に座る、退屈そうなガルバーナの姿だった。
「あ?んだよ、テメェらか。遅すぎんだろマジで」
「いや、ガルが速すぎるって言うか…全部殺ったの?」
「殺った殺った。こいつらすげえ弱くてよ。退屈しちまったぜ」
こちら側まで眠たくなるような欠伸をしてスノーウルフの親玉――――フェンリルの背中に寝転がるガルバーナ。
その姿に苦笑いしつつ、2人がガルバーナへ近付こうとした瞬間だった。
1本の矢が、バラーシュの足下に突き刺さった。
「…ん?」
「――――避けろ!」
続けて飛んで来た矢からバラーシュを守るべく、アレスがバラーシュを突き飛ばし、恐るべき動体視力でその矢を目視して掴み取ると、同時に掴んだ矢を襲撃者へと身を捩じって投げ返す。
矢を放った何者かは、アレスが矢を投げ返した途端に姿を眩ませ、矢は奥の木に突き刺さる。
「あ、ありがとうアレス」
「例は後だ。まだ近くにいる…!」
座り込むバラーシュに手を貸して立ち上がらせるとすぐにアレスは警戒の目を走らせる。
その姿を見てバラーシュもすぐに気を引き締め、耐寒式戦衣に身を隠して震えている特攻丸を乱暴に掴んで警戒を強める。
ガルバーナはと言うと、既に立ち上がって何かを目で追っていた。
「ちょこまかしやがって。何か用があんなら――――とっとと顔見せろや!!!!」
周囲に対して身に余る大剣を横薙ぎに振るう。
あまりの剣圧により発生した斬撃が周辺の木々を切り刻み、吹き飛ばす。
「し、死ぬかと思った…!」
「ぴよっぴよっ!」
間一髪のところでフェンリルの懐に飛び込み、生き延びたアレスとバラーシュはホッと胸を撫で下ろす。
バラーシュはひよこになった。
「あばばばばば…!!」
そして、身を隠すものが無くなり、潜んでいた者が露になる。
馬の体から首の代わりに強靭な男の体が生えた奇妙な生き物、ケンタウロスだ。
「本とかで見た容姿と一致…間違いない!ケンタウロスだ!」
「えぇ…あれの繋ぎ目って、もしかして馬と人の間って事…?」
まさかこれから繋ぎ目を奪われるだなんて思ってもみないケンタウロスは酷く怯えた様子で指を全部咥えて震えている。
目の前で見慣れた景色が一瞬で変わり果ててしまうのを見てしまったのだからそれも仕方のない事だろう。
「変な見た目しやがって。誰の許しをもらって生きてんだアァ??」
「ひ、ヒェアァアァアァァ…!!」
「つーかよぉ、なんで隠れてこんなうぜえやり方してんだよてめぇ」
「そ、そそそそそれはっ、身を守りつつ…か、かか確実に獲物を追い詰めて、し、仕留める為だ……です」
「んなでけえ図体してなんで正面から戦わねえのか分かんねえな」
「か、狩りとはそう言うもので…」
「違うね。狩りっつーのは…」
「へ?」
おもむろに、そして乱暴にガルバーナが掴んだものは、ケンタウロスの馬と人の境目の部分。
その部分を、躊躇なく引きずり出した。
「狩りっつーのはぁ……あー、なんだっけ??狩り……ま、何でもいっか!これ貰ってくぜ~?ヒャハハハハ!!」
「ごぷっ」
ガルバーナが引きずり出したものは恐らく、繋ぎ目だったのだろう。
それを奪われてしまったケンタウロスの人の部分は目を剥き、口から泡を吹いたかと思えばボトッと取れてしまう。
馬の部分は走り去った。
「なんかピチピチ動いてて気持ち悪いね」
「見てて気持ちのいいものではないのは確かだなぁ…」
「おい、これどっちか持っとけよ」
「ぇ…私は嫌だな…」
「俺も正直嫌です」
「じゃあお前持て」
「俺ですか……分かりました…」
こうしてケンタウロスの繋ぎ目を入手したガルバーナ一行はフェタフォレストを後にする。
次の目的地はパルミジャーノバレー。巨人が棲息すると言う深い谷だ。
しかし、道中には砂漠地帯がある為、アレスの提案により一行は一度マスカルポーネへと帰還する事になる。本音はさっさとケンタウロスの繋ぎ目をどこかに保管したかったからなのだが。
マスカルポーネに着くとまずアレスは自宅にケンタウロスの繋ぎ目を保管して、疲れたと言ってくつろぎ始めるガルバーナとバラーシュをひとまず置いて今度は衣服屋へと足を運ぶ。
「こんにちは、シャネイルさん」
「あ、お、おはょ…こんにちは!です…アレスさん…!お、思ったより早い帰り、みたいですねっ…!」
「あのガルバーナ先輩が大活躍してくれたお陰で随分と早く目的を達成しました。それより、例のあれはもう出来てますか?」
「あ、は、はい。でもやっぱりっ、耐熱となるとどうしてもインナーのろ、露出が多くなっちゃうんです…!」
「うーん、それは仕方ないですよ。背に腹は代えられないって言うし、最悪耐熱マントがあるから少しは安心出来ると思います」
主に女性であるバラーシュに対する配慮も兼ねての設計だ。男性であるアレスとガルバーナは気にしないが、流石のバラーシュも男2人と旅するのに露出の多い服装で共にするのは抵抗がある筈なのだ。多分。
アレス的には過激な格好をしたバラーシュを見てみたいが、ここは理性がなんとか留めてくれた。
「そ、それならいいんです、けど…」
「また後で取りに来ます、用意お願い出来ますか?」
「あ、は、はい!」
「それでは後ほど」
それだけ言い残すと、アレスは少し休憩を取ろうと自宅へ戻る。
そして、ガルバーナがケンタウロスの繋ぎ目を振り回してバラーシュを追い掛け回しているのを見て慌てて止めに入った事で、余計に疲れる破目になるのだった。