第2話「子分にしてやる」
◇
「ゼェー…ハァー…!!」
「厳しい旅路だったね」
「ぴゅい!」
這いずるガルバーナ。額から血を流すバラーシュ。丸焦げの雛鳥。
俗にガルバーナ一行と呼ばれる彼らは今、マスカルポーネに到着する。
「どうしたの、ガル?そんなに息切らしちゃって」
「どうもこうも、途中で変な物取り共に杖奪われちまったんだろうが…!!」
パルメザンからマスカルポーネへの道中、特攻丸が酷く嫌がったのだが、ガルバーナ一行は通りすがりのキャリッジになんとか乗せてもらい、時間短縮を試みた。
しかし、更にその道中でキャリッジの積み荷を狙った盗賊団と遭遇。キャリッジを引いていた馬は真っ先に殺され、親切にガルバーナ一行を乗せてくれた男性も矢で射貫かれ死亡。
退屈していたガルバーナが片脚が無いながらも盗賊を2、3人殺すも、松葉杖を奪われ、地に這い蹲る事で無力化。
残りの十数人の盗賊達はバラーシュの的確な特攻丸投げと自慢の頭突きで全滅。
こうしてキャリッジも杖も失ったガルバーナ一行は仕方なく徒歩でマスカルポーネを目指して今に至る。
ガルバーナのせいで徒歩3日のところ、1週間も掛かってしまったが食料や水はキャリッジから拝借したので何とか大丈夫だった。
「まあまあ。結果的に無事に着いたんだしいいんじゃない?」
「クソ…これで何も知らないなら全て滅ぼしてやるぜ…」
ぶつくさ言いながら這いずるガルバーナを置いてバラーシュはそそくさと村の人に聞き込みを始める。
手始めに話し掛けたのは洗濯物を干している女の人だった。
「あのー、すみません」
「あら?見ない顔ね?」
「訳あってパルメザンから来ました。バラーシュって言います」
「まあ、遠くから遥々ご苦労様!私はカシアよ。それで、ここへは何の御用かしら?」
「実はパルメザンが見た事もない、岩の塊?から足が生えた様な化け物に襲われてしまって…こちら方面に移動したみたいなんですけど何か知ってますか?」
「うーん…残念だけどこの村でそう言うのを見たって話は聞いた事が……」
「そうですか…」
収穫なし。この様子だと他の人に聞いても同じ答えが返ってきそうだと思うや否や、ハッと思い出したような様子をカシアが見せる。
「そう言えば!この辺りでキャリッジを走らせているゼンバーさんが妙な生き物を見たって言ってたねぇ…」
「そのゼンバーさんはどこに?」
「確かしばらくはパルメザンからマスカルポーネを走るって言ってたような…?」
その話を聞いた途端、バラーシュからサァッと血の気が引いた。
脳裏に矢で射貫かれたキャリッジ乗りの男が過ぎるどころかピースまでしている。
「ち、ちなみに…どんな感じの方なんですか…?」
「んー…確か目に掛かる程度の長さの黒髪で」
一致。前が見えるのか尋ねたところ、大丈夫と言って矢に射貫かれていた。
「ずっと顎をしゃくれさせて喋るクセがあって」
一致。ずっと気になっていたが敢えて踏み込まなかった。
「細身で背の高い男だよ」
紛う事なきその人だった。
ゼンバーと言う男、ガルバーナ一行と遭遇したばかりにこの世を既に去ってしまっていた。
バラーシュが膝から崩れ落ち、やってしまったと頭を抱えていると何やら喧騒が。
「―――いいからとっとと俺の武器を用意しやがれ!!」
「武器って…武器の前にその足をどうにかした方がいいですって!」
「足は気合いでなんとかなんだよオラァ!!」
「な、なんて人だ…!この人は口だけじゃなく、本当に気合いで何とかしてしまうんだ…そんな、そんな確信がある…!!」
「で?どうなんだよ!武器用意すんのか、しねえのか!あぁ!?」
「…分かりました。そこまで言うなら俺からも条件を出させてもらいますよ!」
「おぉん??」
「これを装着してみてください」
ガルバーナに絡まれていた男は一度家の中に戻ったかと思えば、重そうな金属の塊を持ち出し、家の壁を支えに立っていたガルバーナの右足に文字通り、くっつけた。
「…ん!?なんだこれ!?」
「見ての通り、足です。それも"失った足を取り戻すどころかより強くする"をコンセプトに作り上げた義足…その名も、だし醤油」
「すげえ!」
ただくっつけただけの足の形をした金属の塊が完全に馴染んで動く事に感動を覚えたガルバーナは、その場で飛び跳ねてみたり走り回って見たりしてその性能を実感する。
そんな姿に、男はうんうんと頷く。
「それは本来欠陥のある試用品なんですけど、やはりあなたにはその欠陥すら障害になり得ないんですね。益々気に入りましたよ」
「えっと、欠陥って言うのは…?」
いつの間にか合流していたバラーシュが恐る恐る男に訊いてみると、男は懐から小瓶を取り出した。
「あの人のお連れさんですか?」
「はい。バラーシュって言います」
「俺はアレスです。えっと、実はあの義足には実験的にこの生物の神経に寄生する神経虫って呼ばれる虫を組み込んでまして。半分生きているようなもので、生き物の神経に近付けると本能的に神経と繋がる仕組みになっているんです」
「大丈夫なんですか、それ…?」
「本当なら神経が蝕まれて激しい痛みを伴うんですが……どうやら彼は大丈夫みたいですね」
単純にガルバーナが痛みに鈍感なのか、神経虫がガルバーナの神経に神経負けしたのかは定かではないが、とにかくガルバーナは痛みを感じる事なくはしゃぎ回っていた。
「おう!お前!!気に入ったぜ、俺の子分にしてやる!!」
「ありがとうございます!えっと…」
「この馬鹿はガルバーナ。あんまり仲良くしない方が身の為だよ?」
「ガルバーナ先輩!」
「聞いちゃいないね…」
完全にガルバーナに惚れ込んでしまった謎感性のアレスに思わずバラーシュもお手上げの様子だ。
「それはそうと、ガルはあの化け物の事聞いてくれたの?」
「は?」
「聞いてないよね…」
そもそも最初から期待していなかったものの、やはり落胆せざるを得ない。
結局、彼らは何も情報を手に出来なかったのである。
「化け物…?」
「実はパルメザンに見た事のない化け物が現れたんです。その化け物を追ってここまで来たんですけど、結果はこの様で…」
「それならカマンベール山の頂上にいるドラゴンに話を聞いてみたらどうです?」
「ドラゴンに…?それって大丈夫なんですか?」
「カマンベール山に棲むドラゴンは人で言うおじいちゃんくらい高齢で、温厚な性格だから人は襲わないんです。噂ではもう1万年も生きてるって話ですから、もしかしたら化け物について何か知っているかもしれません」
「でかしたぞお前!!なあ、クソアマ!こいつ今なんて言ったんだ!?」
「今すぐにでも行きたいくらいだけど、今日はもう疲れちゃった。アレスさん、この村の宿はどこにあります?」
何を言っても通じないガルバーナをそっちのけに今日は休む事に決めたバラーシュ。
アレスもそんな様子に苦笑しつつ、自分の家を指差した。
「もしよければ俺の家に泊まってって下さい。部屋に空きが幾つかあるので、そこを使うといいです」
「いいんですか?何から何までありがとうございます」
「いえいえ。それと、俺まだ18なんで敬語じゃなくていいですよ」
「1歳年上…まだ若いのに鍛冶職人として有名なの、凄いですね」
「親父の後継いだばかりだから俺なんてまだぺーぺーですよ!それより、年下!?大人びて見えるからてっきり年上なのかと…!」
「アレスさんも敬語なんていいですよ」
「じゃあお言葉に甘えて…バラーシュさんも遠慮せずタメで話してくれて構わないよ」
「なら私もお言葉に甘えて。今日はよろしくお願いね」
「おーい、何話してんだよ?どっか行くんじゃねえの?」
「今日はもう遅いから明日にしよ?朝からあそこのてっぺん目指すから」
「ふーん」
理解したのかしてないのかは分からないが、大人しく納得した様子だったガルバーナ。
しかし、その翌日――――ガルバーナがアレス宅から姿を消した。