第1話「俺を置いていくのか」
ドルドゥモ伝説の幕開け。
◇
それなりの規模の街、パルメザンが誇る観光地であるパルメザンの泉の傍で何をするでもなく、ただただ座って水面を見つめる男・ガルバーナ=ベルニカス17歳。
彼は学校の小学部を中退させられてから、教養を学ぶと言う事を放棄してしまったが為に非常に頭が悪い。
「まーたこんなところで惚けてる」
「あ?……んだよ、クソアマか」
そして、物凄く口が悪く、乱暴だ。
性格自体は元々悪かったのだが、圧倒的コミュニケーション不足によって更に激化してしまったのだ。
クソアマと呼ばれた幼馴染の女の子、バラーシュ=アイゼンフォルクはそんな態度を取られても気にせず隣に腰を下ろす。
「何考えてたの?」
「別に何も考えてねえよ」
「当ててあげようか?んーとね、お金に困ってる??」
「困ってねえよ。あんま適当言ってっと家焼いちまうぞ」
藍色の髪を靡かせてバラーシュはクスッと笑う。
身に付けている衣服から、その仕草まで。どこか気品な感じさえ思わせる容姿端麗なバラーシュは、実はこのパルメザン領を治める領主・アイゼンフォルク家の1人娘なのだ。
俗に言うお金持ちお嬢様と言うステータスを生まれながらに持っている。
「あれ?ガルってば、何が燃えて何が燃えないとか、区別付くようになったんだ」
「んなもん大体分かるに決まってんだろカス!」
「そんなすぐボケとかカスとか汚い事言ってると口が腐るって知ってた?」
「マジか…?」
「ウソ」
「はい殺す」
いつもと変わらない日常。いつもと変わらない2人。こんな時間が一生続けばいいのに。
主にバラーシュがグーパンを頬で受け止めながら思っていた矢先、それは来た。
「って、上から降って来てるあれ何?」
「上…?ああ、岩かなんかじゃねえか?」
最初に、バラーシュが空から飛来する何かを見た。
次に、視力が並外れたガルバーナが何かを目で捉え、岩と称した。
最後に、お尻が地面から離れる程の衝撃が、民家とそこに住まう人々を吹き飛ばした。
「おお!旅芸人が何か派手な事やってくれんのか!?」
「やだ、ガルったら。本当に馬鹿なんだから。とても旅芸人のそれには見えないでしゥッ!?」
「うるせえ黙ってろ!」
今度は腹部に重い蹴りを喰らって蹲るバラーシュ。なんとも不憫な役柄だ。
ガルバーナは暴力を振るう事に対して一切省みない男だ。だからこそ小学部を半ば強制的に中退させられたのだが、それに本人が気付く事はこの先ないだろう。
そもそもガルバーナに近付こうとする物好きがバラーシュ以外にはそう居らず、この暴力と言う彼なりのコミュニケーションに対しバラーシュが咎める事をしないので、猶更これが当たり前だと認識してしまっているのが現実だ。
蹲っていた筈のバラーシュが何食わぬ顔で立ち上がり、パルメザンの街を、見慣れた景色をやりたい放題に破壊する岩と例えられた化け物を見つめるガルバーナへと視線を向ける。
少しして、ガルバーナが深く溜め息を吐く。
「なあ、クソアマ」
「何でしょう?」
ガルバーナがバラーシュの肩に手を回し、乱暴に引き寄せる。
「あいつ、気に食わねえよな」
「そうだね」
「じゃあぶっ飛ばすしかねえよな!」
「そう言うと思ったよ。いいよ、ガルは考えなしの無鉄砲さんだし、私がサポートしてあげる」
「その相棒面やめろ」
「いたっ!いたたたっ!」
肩に腕を回していた流れで見事なヘッドロックが決まる。思わずバラーシュもタップでギブアップを宣言する。
「取り敢えず、あの岩から生えてるなげえ足みたいなの切って、岩砕いて終わりだぜ!」
「そう簡単に言うけど、踏み潰されたら終わりだしそもそもあの暴れ様なら近付くのも難し……っていないし」
「ぴゅっぴゅぴゅい!」
「誰?」
いつの間にか肩に乗っていた希少種の爆裂ひよこをバラーシュは怪訝そうに見ながら無遠慮に鷲掴みにする。
「ぴゅっ……」
「うーん、よし。これから君は特攻丸ね」
「ぴゅぴゅっ!」
哀れな雛鳥。名付けられた名前の重さを知らずに愉快に鳴く。
そして、バラーシュと特攻丸がやり取りしている間に恐ろしい速さで武器を調達してきたガルバーナが、息も乱さずに身の丈程の剣を地面に突き刺して言い放つ。
「行くぜ、岩野郎退治だ!」
「おー!」
「ぴゅっぽこ!」
岩野郎退治、開幕。
未だ暴れ回る岩の化け物を目標に駆け出すガルバーナ一行は極力近道を選びながら接近を試みるが、途中建物が崩れていたりして結局遠回り。
なんとかして辿り着いた頃には既に対処に当たっていた街の警備兵達は皆、呆気なく散ってしまっていた。
「チッ…雑魚共が…」
だらしなく倒れ伏す警備兵や街の住人の死体を見て苛立ちを隠せない男。
「結構戦力になる人を雇ってたと思うんだけど…こんなもんかぁ」
冷たい目で死力を尽くした者達を見下す女。
「ぴゅい」
何も考えてない鳥。
悲惨な状況に顔色ひとつ変えない2人と1匹は巨大過ぎる化け物を見上げる。
「オオオオオオオッ!!」
まるでトロンボーンの低音の様な叫びで地を揺るがす岩の化け物をガルバーナは睨み付けた。
「うるせえんだよクソ岩野郎!!」
喧しい咆哮にブチ切れたガルバーナは軽々と大剣に相当する得物を持ち上げ、化け物の足目掛けて重い一撃をお見舞いする。
キィィィンッ――――。
鋭く響く金属音と共に、大剣が弾かれる。
そして、砕け散った。
「オオオオオオオオオッ!!!!」
次の咆哮と共に、まるで傷ひとつ付けられなかった現実に固まっていたガルバーナに、手痛い反撃が繰り出された。
化け物の岩の様な黒い皮膚の隙間から伸びてきた細長い触手が、鞭の様に振るわれる。
鮮血が飛び散った。
「ぁ…?」
急に片脚に力が入らなくなったガルバーナがバランスを崩して倒れる。
その理由は見れば一目瞭然だ。――――右膝から下が今の一撃で吹き飛ばされてしまっている。
無様に倒れるガルバーナを見て、早々に追い詰められている事を理解したバラーシュは回れ右をして脱兎の如く、場を去った。
「ま、待てよバラーシュ!!俺を、俺を置いていくのかぁぁぁ!?」
1人取り残されたガルバーナは引き攣った笑みを浮かべながら血管がはち切れんばかりの青筋を浮かべ、遠くなるバラーシュの背中に手を伸ばす。
化け物は「エッ…エッ…」と笑っているようにも聞こえる声を発すると、ガルバーナから千切った右足を触手で拾い上げ、ガルバーナの目の前で食らった。
その一部始終を見せつけられたガルバーナは絶叫した。怒りの絶叫だった。
「クソが!!覚えてろ岩野郎ォォォォォ!!ぜってぇぶち殺してやるからなァァァァ!!?」
叫びながら、必死に這いずって近寄るガルバーナを化け物は一瞥すると、嘲笑うみたいに口角を上げ、立ち去っていく。
バラーシュに続き、遠く離れていく背中に手を伸ばす惨めなガルバーナは鼻水を垂らし、情けない呻き声を漏らしながらも、諦めずに化け物を追い掛ける。
「あらら、ガルバーナに臆して逃げちゃったよ」
「ぐっ、グソアマてめぇ…!!」
「恐ろしいなあ、もう。足がもげても、敵わないと知っても、立ち向かおうとするなんて執念深ぁーい」
冷たい目で、不敵に笑うとバラーシュはガルバーナと視線を合わせるように屈むと、耳打ちした。
「―――ねえ、ガル?助けてあげようか」
「だ、れがてめぇの助けなんかっ」
「特攻丸、止血」
「ぴゅいーーーっ!」
「グッ!?あ、がっあぁぁぁぁぁあ!?!?」
助けを請わない姿勢のガルバーナに無慈悲な助け。
指示された特攻丸がその身を挺してガルバーナの右足の傷口に特攻し、爆裂する事で傷口を焼いて塞ぐ。
勿論、その痛みは爆裂も合わせて計り知れないものである。
流石のガルバーナも叫ばざるを得なかった。
そして―――――。
「―――これで取り敢えず窮地を脱したわけだね、ガル」
「ああ、取り敢えず後でてめぇらは死なす」
「ぴゅっ」
あまりの痛みに耐えきれず、ガルバーナが気絶してから3日が経過していた。
爆裂して死んだかと思われた特攻丸はこの通り、ぴんぴんしている。
そもそも爆裂ひよこはちょっとやそっとでは死なない。伝承では不死鳥の子孫とまで言われているくらいだ。
「それより、そんな足で本当に行くの?」
「ったり前だろうがよ。あの野郎、俺をコケにしやがったんだ。タダじゃ済まさねえって決めたんだよ」
現在、ガルバーナ一行は崩壊したパルメザンの街から発とうとしていた。
右足が使えないガルバーナは、松葉杖を突いてこれから旅に出ようと言うのだ。
「行く宛はあるの?」
「んなもん知るかボケ。適当に、知ってそうな奴に聞いて回る…そんだけだ!」
「無計画」
「うるせえ」
「そんな無計画なガルに朗報があるよ。実はガルが気絶した後、あの化け物を尾行したんだけど、どうやらマスカルポーネの村がある方角に向かったっぽいよ」
「でかしたぞクソアマ!偶にはやるじゃねえか!!」
本当に虱潰しに探すつもりだったガルバーナはバラーシュの働きによって光明を見出し、機嫌が悪かったのが途端に良くなった。
目指すはマスカルポーネ。このラクレット王国で一番腕の良いと噂される鍛冶職人が住まう辺境の村だ。
「マスカルポーネには凄い鍛冶屋が居るらしいし、そこであの化け物に対抗出来る武器見繕ってもらおうよ」
「指図するんじゃねえよ!元よりそのつもりだっての!」
指図されたのが気に食わないガルバーナはそんな嘘を吐き、意気揚々と外の世界へと足を踏み出す。
松葉杖でよちよち歩きながら。
「さっさと歩けよクソアマァ!」
「後ろ歩いてるのはガルだよ」
それでもどこか、楽しそうに。