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08.変化した父兄と変わらぬ母

 暖かな部屋、気持ちいい毛布、誰かの声が聞こえる。凄く懐かしい、涙が出そう。幸せだった頃の記憶を優しく呼び起こすような、居心地の良さに目を開けるのを躊躇った。もしかしたら、これは夢で……目を開いたら誰もいないんじゃないか。そんな気がした。


「起きて頂戴、私の()()()()()()


 過去に何度も聞いた呼び方は、お母様の声だった。私の小さなお姫様、そう呼ぶのは家族だけ。私を愛し、大切に育ててくれた人達が、優しい響きで口にする愛称だった。


 ぱっと目を開く。本当に小さくなった私の手を握るのは、お母様だ。象牙色の肌に黒髪、瞳は目が覚めるような海の青だった。間違いない。


「ママ」


 自然と口をついたのは、幼い頃の呼び方で。この国では使われない表現だった。ほっとした表情で笑う母は、まったく歳を取っていないように見える。お兄様と違うわ。


「起こすわね」


 言われて、膝に頭を乗せていたのだと気づいた。抱き起こすお母様の豊かな胸が、ほわんと頭の上で柔らかい。座り直した私に、お兄様が歩み寄った。少し離れた椅子で本を読んでいたみたい。


「頭や手足、どこか痛いところはないか?」


「平気、ありがと」


 お礼を言ったら、部屋の隅に立つ執事が鼻を啜った。音をハンカチで消してるけど、バレてるよ。スチュアートは私が生まれる前から、ホールズワース侯爵家の執事だった。白髪の混じったグレーの頭髪はきっちり押さえられ、黒に近い濃灰色の瞳はいつも優しい。


 私が悪戯をした時もこっそり助けてくれた。もちろんお母様にバレて、一緒に叱られたけど。楽しかった思い出が蘇った。


「ここ、お家だ」


 ぐるりと見回した部屋は、家族が使っていた居間だ。書斎のように壁にびっしり本が並ぶ。ホールズワース侯爵家は優秀な文官が多く、宰相も輩出する名家である。体を鍛えることは苦手だった。なぜかお兄様がゴツくなってるけど。


「覚えてて良かった。記憶が飛ぶこともあると聞いたが」


 お兄様は苦笑いしながら私の頬を突く。出会った時に「お兄様」と抱き付いてくれるのを期待したらしい。でも私が反応しなかったので、記憶が消えたかもしれない最悪パターンを想定し、表情が固かったのだとか。言われてみれば、眉間の皺はほとんど見えない。


「ママ、にぃに、ちゃんと分かるよ。パパは?」


「あの人なら」


 お母様の語尾を、激しいドアの悲鳴が遮った。バタンと開いて、すごい音を立てた蝶番が壊れる。そのまま扉が倒れるのを、執事スチュアートが押さえた。


「旦那様、扉が壊れます」


「もう壊れているぞ、事実は正確に表現せねば……っと、私達の小さなお姫様の記憶は戻ったか?」


 壊れているというか、お父様が壊したのよ。同じ感想を抱いたスチュアートの溜め息が、妙に部屋に響いた。壁際により掛けた扉は、ノブも破壊されている。すごい馬鹿力だけど、なぜ?


 少なくとも私が断罪された時、お父様やお兄様に筋肉はほぼなかった。頭脳労働系のホールズワースは、武芸はからっきしだったのよ。その分執事や侍女は戦える人が採用されていた。


 じろじろとお父様とお兄様を交互に眺め、答えを求めて頭上の母を見上げる。豊かなのに垂れないお胸が、頭上から額へと移動した。前世は私も大きい方だったけど、今生は期待できないよね。聖女リリアンはぺたんこだったもん。残念に思いながら、小首を傾げた。


「ママ、いろいろ教えて」

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