11.乳母と侍女と寝起きの悪い私
眩しくて目が覚める。手を翳して目元に影を作った私に、聞き慣れた声がかけられた。
「起きてください、お嬢様」
「寝起きが悪いのは昔からですね」
片方は乳母のエイミー、もう片方は私の専属侍女だったローナだ。飛び起きた私は、さっとエイミーに抱き抱えられた。
「顔は洗うのではなく拭きましょう。急がないと朝食に間に合わないわ」
「ふふっ、お嬢様らしいです」
事情を知っている様子の二人は、手際よく私の身支度を整える。
「ローナは知ってるの?」
「ええ。この屋敷の古参使用人は全員存じておりますよ。幼く見えても、グロリアお嬢様です。もうすぐお名前も変更すると聞いています」
驚いて目を見開いた。王家に殺された娘の名を、また付けていいのかしら。そもそも届出が養子か、実子なのかも不明だった。聞きたいことが積み重なっていく。そのうち頭の中で崩れて、大惨事になりそう。
「お母さんはそれでいいの?」
「乳母ですので、エイミーとお呼びください」
サムソン準男爵家にいた頃は、お母さんと呼んだ。たぶん、追っ手に気づかれないように。自分の子のフリをしたのね。実際、乳母を務める人は子を産んでる人ばかりだから。
あれ? そうしたら、本当のエイミーの子はどこだろう。ローナがいない場所で聞いてみよう。
「わかった、エイミー」
呼んでみたけど、なんだかしっくりこない。でもママ達の前で「お母さん」と呼べなかった。血の繋がりもないから余計にマズいよね。
「気にしないでいいわ」
こそっと囁いて私の頭をくしゃりと撫でる。その仕草は、準男爵家にいる頃と同じだった。だから自然と頬が緩む。
「うん!」
「お嬢様、こちらにお座りください」
ローナに促され、小さな鏡台の前に腰掛けた。淡いピンクの塗装がされた木製の鏡台は、薔薇が描かれている。幼い頃の懐かしい記憶の家具が蘇り、引き出しを開けてみた。化粧品らしき瓶やクリームが入った壺が並ぶ。
「イタズラは感心しません」
「違うもん」
外見に釣られて幼くなった口調と仕草で、慌てて引き出しを閉めた。くすくす笑うローナは、あっという間に髪を結い上げた。ほんのりピンクが入った金髪はまだ見慣れない。あの二人に似た顔が嫌で、普段あまり鏡を見なかったから。
後頭部の中心で結び、さらに三つ編みにした。それをくるりと結び目に絡める。最後にピンやリボンで留めて終わり。手際がいい。用意された水色のワンピースを着て、紺色の上着を羽織った。紺色の靴を履いて、トントンと飛び上がってみる。
「さあ、皆様がお待ちですよ」
促すエイミーに頷き、手を繋ぐ。必死に歩いても距離が稼げないし、時間もかかる。それでも広い屋敷内を見回しながら歩いた。壁紙や絵も変わっていない。絨毯は同じような色だけど、新しくなったのかな。色が鮮やかだった。
「おはようございます。ママ、パパ、にぃに」
呼ぶ順番は重要。この家での権力構造を示しているから間違えられない。にっこり笑って挨拶が返り、ほっとしながら椅子によじ登った。支える手を出すものの、エイミーは触れずに待つ。お陰で自分でいろいろ出来る子に育ったと思う。
椅子と向かい合わせに格闘し、ちょっとお尻を押してもらいズルをして登った。向きを変えて座り直す。
「朝食にしましょう。その後は忙しいから覚悟しててね。グロリア」
もう呼び名はグロリアに確定したみたい。以前の名で呼ばれるのは、擽ったい気分になった。




