DIVE8「逃走劇」
目を覚ました俺は、けたたましい大声に肩をすくめた。
「おい、カヲル! リリー! 早く逃げろ!」
「うっ……?」
今度はチュートリアルNPCではない。02のボイスチャットだ。
ボーっとしている俺の両肩を、02は掴んでがくがくと揺する。
「ここは人間陣営の最奥部だぞ! 人間PCだけじゃなく、都市警備のNPCも襲ってくる! 最初に説明したろ!」
「あ、そっかぁ」
「『あ、そっかぁ』じゃねぇ! ぶん殴るぞ、マジで……!」
俺は02の必死の説明に目をしばたたいた。
画面上には、警告のメッセージがでかでかと表示されている。
モンスターが侵入したことにいまさら気づいたゼムリアの警備兵NPCたちが一斉に行動を開始したのだ。
隣にぼーっと立っている鳥人のような見た目のリリーを揺すると、彼女もようやく目を覚ましたらしく、はっと顔を上げた。
「逃げよう、リリー!」
「あっ、はい! っていうか、このモンスター思ったより露出が激し――」
「いまはそういうのいいから! 飛べるか!?」
「と、飛べません! なんで!?」
リリーは必死に羽をばたつかせているが、一行に飛び上がる気配はない。
俺も翼を動かしてみたが、同様に飛ぶことはできなかった。どうやら飛行アビリティの使用が禁止されているらしかった。
「大都市の内部だからか……! 仕方ない、走って逃げよう!」
「分かりました!」
俺たちは神殿の階段を一気に飛び降りると、街の中を駆け出した。
周囲の通行人PCたちが驚きながらこちらを見つめている。
それもそのはず、人間陣営の街の中にモンスターPCがいることなんて普通はありえないからだ。
通りの向こう側から警備兵が走ってくるのが見えて、俺たちは慌てて横道へと逃げ込んだ。
見通しの良い大通りはダメだ。裏道を通らないと。
「道が全然分かんねぇ……!」
入り組んだ路地を駆けずり回りながら、俺は必死にマップ画面を開く。行き止まりに追い込まれて詰むことだけは避けなければならない。
こう行ってこう行けば……よし、なんとかなりそうだ。俺はなんとかルートを確認すると、リリーの手を引いてくねくねと路地の角を曲がっていった。
追っ手はいまのところ上手く撒けているらしい。
あともう少しで街の出口に着く。街の外へさえ出てしまえば、あとは空の彼方へと飛び去るだけだ。
「もう少しの辛抱――」
振り返った俺がそう言いかけた瞬間、リリーが慌てた様子で俺の頭上を指差した。
「カヲルくん、上!」
「えっ?」
振り仰ぐ暇もなく、俺は降ってきた警備兵に襲われた。
「そんなの……ありかよ……!」
見上げると、どうやら横にある建物の二階のベランダから飛び降りることが出来るようになっているようだった。
縦方向の移動ルートは、平面図であるマップでは判別がつかない。気づかなくて当然のことだった。
視線を下げると、剣が深々と俺の腹部を貫いているのが見えた。ぐずぐずとした傷の感触と鋭い痛みが俺を襲う。
仮想空間だから血は流れないとはいえ、傷つくのは誰だって嫌なものだ。
「1261」とダメージが表示され、俺の頭上にあるHPバーが一気に削れていく。
転生したばかりの俺のHPの上限値は現在120。耐えきれるはずもなく、俺は地面に倒れ伏した。
「うっ……!」
「リリー!」
後から飛び降りてきた別の警備兵の攻撃を受けたリリーも、同様にHPを一気に失って、地面にくずおれた。
彼女の場合、心臓に近いところを刺されたから、減りが尋常ではなく早い。
致命傷に近ければ近いほど受けるダメージも大きいというリアル志向がこのゲームの売りの一つだ。
「く……そっ……!」
俺はリリーの方へ必死に手を伸ばそうとしたが、それは叶わず、すぐに意識を手放した。
こうして、俺たちは初めての死亡を味わった。