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DIVE7「グリッチ」

 俺たちは02オズの試みを実行に移すため、人間陣営の街の一つ「ゼムリア」の街外れに来ている。


 人間陣営のゲーム開始地点がゼムリアであるためか、この辺の敵は割と弱く設定されているため、俺のような弱小プレイヤーでも容易に街の近くまでたどり着くことができた。


 もちろん、道中は02の介護付きで、だが。


「準備はいいか?」


「おう」


 上から覗き込む02に問われ、俺はバケツの中から声を上げた。


 現在の俺は、バケツの中にたまっている水に成りすましており、動いたりダメージを受けたりしない限り気づかれない隠密状態になっている。

 そしてそれは、隣のバケツに入っているリリーも同様だ。


「かくれんぼみたいで、なんだかワクワクしますね……!」


「本当にいいのか、リリー?」


「はい! こういうの、一度やってみたかったんです! それに、もし死んでもリスポーンするだけなんですよね? やらなくちゃ損じゃないですか!」


「まあ、そうなんだけどね」


 興奮しているせいか若干饒舌になっているリリーに、俺と02は苦笑した。

 ネトゲ初心者にこんな体験をさせて、今後のプレイへの悪影響にならなければ良いのだが。


「よし、それじゃ行くぞ……」


「はい!」


「頼んだ」


 02はそれぞれの手でバケツを持ち上げると、ゼムリアに向かってえっちらおっちらと歩き出した。

 その姿はさながら、水汲み中の冒険者といったところだろうか。


 城門を通り過ぎると、やがて頭上にはゼムリアの街並みが広がった。


 暗い色使いを基調としたアムナックとは異なり、明るい色合いの建物が並んでいる。

 当然ながら通りすがるPCはみな人間で、隠密状態とはいえ、バレないか冷や冷やものだ。


 これほどの危険を冒してまで我々が行おうとしているのが一体何なのか。

 それは目的地である、とある建物に到着することで明らかになる。


「着いたぜ」


 独り言のふりをして02がつぶやいた。

 そこにあるのは、人間PCが転職するために利用する設備であるマリー神殿だ。


 だが、それはあくまで通常の使い方。


 転職システムを利用できないモンスターがこの設備を使おうとすると、一体どうなるのか。


 これまでにそんな仕様の穴を突くようなアイデアを実行に移したのは、おそらく俺たちだけだろう。


「それじゃ、行くぞ……」


 02はそう言うと、俺たちが入ったバケツを神殿の入口前に置いた。


 あとは簡単、バケツから飛び出して中に入るだけだ。

 入ってしまえばそこはインスタンスエリアになっているから、誰からも攻撃されることはない。


 もっとも、それはすんなり入ることが出来ればの話。この後どうなるのかは誰にも分からない。

 その結果は神と運営のみぞ知る、だ。


「1、2の、3!」


 02がバケツを倒した瞬間、俺たちは神殿の入口へと飛び込んだ。俺たちの体は弾かれることなく、内部へと吸い込まれていく。


 クリアだった視界は次第にぼやけていき、やがて俺たちは暗闇に包まれた。



 気がついたとき、俺はすでに別空間にいた。それは見覚えのある、見渡す限りの青い景色。ログインしたての際にキャラメイクをした空間だった。


 目の前には、白いドレスを身にまとった黄緑の髪の女性。これもキャラメイクのときと全く同じだ。


(もしかして、バグってキャラメイクのシーンに来てしまったか……?)


 そう考える俺の思考を遮るように、女性は口を開いた。

 ただ一つ違うのは、そのセリフだった。


「ようこそ、転生の間へ」


「転生? 転職じゃなくて?」


「あなたが持つ(ソウル)の器をより強く、進化したものにするための儀式。それが転生です」


 転職ではなく、転生。

 なるほど、それなら人間陣営との差別化ができるし、モンスターという種族の掘り下げも出来る。なかなか面白いシステムだ。


 ただ一つ気になるのは、そんなシステムが実装されたという話は聞いたためしがないことだ。

 もしかしたら、未実装エリアに来てしまったのかもしれないと俺は思った。


 まあ仕組みはともかくとして、こうなればとことん調べ倒してやる。そう思い、俺は女性の声に耳を傾ける。


「あなたが転生したいのは、どの器ですか?」


 女性が両手を左右に向けてかざすと、色とりどりのモンスターたちがずらりと並び立った。

 最初のキャラメイク時に選べる4匹だけではなく、見たことのないモンスターもいる。


 俺は歓喜に声を上げながら、そちらに駆け寄った。


 ラインナップに一通り目を通した俺が真っ先に目を付けたのは、幻魔族(ヴィジア)に属するドラゴンの亜人、ドラゴニュートだった。

 鱗に包まれた滑らかなボディ。たくましい四肢には、小さいが鋭い爪がついている。


 アビリティは飛行(空を飛ぶことができる)、剛健(魔法攻撃に強い)、そして竜の鱗(ドラゴンスケイル)(被攻撃時、一定値のダメージを軽減する)。


 もう一つ気になるのは、然魔族(ネティア)に属するアダマンタイト。どうやらスライムの上位種らしく、こちらもなかなかに魅力的なモンスターだ。


 アビリティは頑強(物理攻撃に強い)、不屈(大ダメージを受けた時、一定時間DEFアップ)、そして豪気(ATKが減少する代わりにDEFとMDFアップ)。


 どちらも捨てがたいが、悩んだ挙句に俺はドラゴニュートを選ぶことにした。

 男なら一度は憧れるドラゴン。それになれるなら、スライムの体を捨てても良いと思えたからだ。


 見た目のパラメータをいじって深紅の瞳と鱗にすると、俺は決定ボタンを押した。


「その器でよろしいのですね?」


「ああ」


「分かりました。それでは、新たなる器に(ソウル)を受け継ぎましょう」


 女性が指を鳴らすと、並んでいたモンスターたちがドラゴニュートを除いて一斉に消滅。次いで、スライムの体までもが徐々に崩壊し始めた。


 俺は焦りながら自分の体を見下ろした。


「え、ちょ、待っ――」


 俺が言い終える暇もなく、自慢のぷるぷるボディは光の粒子となって宙へ漂った。


 次の瞬間、「アビリティ〈粘着〉、〈頑強〉を継承しました」というメッセージが表示されるとともに、その光の粒がドラゴニュートの体へと吸収されていく。


「世界をどうか、救って――」


 女性は祈るように両手を合わせ、胸元で握った。すると視界が次第にぼやけていき、俺は広々とした青い世界に再び別れを告げた。

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