DIVE6「02からの誘い」
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「ちょっと疲れたな……」
「The Fang」からいったんログアウトしてヘッドギアを外した俺は、ふぅっとため息をついた。
「The Fang」は脳の五感をフルに使うというだけあり、使用中に蓄積される疲労もバカにならないくらい大きかった。
あと今日は「The Fang」の前にも色々なVRゲームをやっていたから、それもこの疲れ方と関係があるだろう。
長時間やるものではないのか、それともヘッドギア「Universe」に慣れていないだけなのかは分からないが、適度に休憩を取りながら遊ぼうと俺は思った。
気晴らしにチェックしてみると何やら通知が来ていたので、俺は連絡用アプリ「incord」を開いた。
「誰からだ……?」
〈お前、ようやくヘッドギア買ったんだって? いま何遊んでんの?〉
「なんだ、02か」
メッセージの主は、長年画面越しにやり取りしているネットのフレ、02。「The Fang」とは違う、とあるオンラインゲームで知り合って以来の仲だ。
〈ああ。The Fangをインストールしてみたよ〉
〈マジ? TFやってんの? 俺も混ぜろよ〉
02は「The Fang」を運営開始当初からプレイしている熱心な「牙民」だ。
なお、「The Fang」のプレイヤーが俗に「牙民」と呼ばれているのは、ゲームオタクの界隈では周知の事実である。
〈そういえばお前もやってたな。キャラは人間? モンスター?〉
〈人間に決まってんだろ。お前は?〉
〈え、スライムだけど……〉
〈草。前に教えただろ、色々辛いって〉
確かに、02はことあるごとに口を酸っぱくして「モンスターは苦行だ」と言っていた。そして、牙民の間でもその認識は一致しているらしい。
いわゆる縛りプレイに使われるくらいだから、その噂が的を射ているのはさもありなんだ。
しかし、それは俺のプレイスタイルを縛る枷にはならない。
やっぱりゲームはプレイヤーがやりたいようにやるのが一番だと俺は思う。それに、もし本当に苦痛だったら、課金して人間陣営にキャラを移行すればいいだけの話だ。
〈いいだろ、別に〉
〈まあ、いいけどさ。んじゃ、俺もサブ垢のエンジェルくんでちょっかい出しに行くかな〉
〈お、マジで? ありがとう。アムナックにいるから、あとで合流しよう〉
〈ういうい〉
俺たちはフレンドコードを互いに教えあった。
これで心強い味方ができた。分からないことがあれば、色々と教えてもらえるだろう。
俺は言い知れぬ安心感に浸りながら、ゲーミングチェアの背もたれに埋もれた。
そのとき、02から再びメッセージの着信があり、俺はふと画面に視線を戻した。
〈そうだ、ずっと前から一つやってみたかったことがあるんだけど、いっぺん試してみないか?〉
〈やりたかったこと? まーたバグ技か?〉
〈ま、そんなとこ〉
02は仕様外の効果とか壁抜けとか、そういうイレギュラーな要素を見つけるのがとても上手い。今回もまた、そういう類の実験をしようということだろう。
ゲーム開始早々BANにならなければいいが、と思いながら俺は苦笑した。
〈じゃあ、先に教えておくぞ。手順はこうだ――〉
俺は、誰も考えつかないような彼の発想に舌を巻いた。
もし仮にその試みが成功すれば、牙民界隈全体が大騒ぎになること間違いなしだ。下手をすれば緊急メンテナンスものだろう。
〈もし俺が死んだら、骨は拾ってくれよ?〉
〈何言ってんだよ。スライムに骨はないだろ〉
〈草〉
そんなくだらない会話を交わしつつ、俺は若干の期待と不安に心をざわつかせるのだった。