DIVE60「冥府の猟犬シス」
俺はどこから攻撃が来ても大丈夫なよう、〈粘着〉を使いながら周囲をくまなく警戒した。木と霧に遮られて視界の狭いこの場所では、一瞬の油断が命取りになる。
「……来る!」
刹那、俺は上半身を翻しながら盾を構えた。シスの鋭い爪が盾とぶつかり合い、がちんと硬質な音を立てる。
シスは爪による攻撃を何発か加えると、森の中へと姿を隠した。ヒット&アウェイ。まわりくどいがとても有効な戦法だ。これでは魂解すら使えない。
「地道に削るしかないのか?」
「そうみたいですね」
「くそっ……!」
俺はやきもきしながら次の攻撃を待った。相手が出てきたタイミングを見計らって一撃入れるしかない。
息が詰まるような数秒の後、シスはノイズ音とともに姿を現した。
「そこだっ!」
横に転がって飛びかかりを避けると、俺は立ち上がりながら剣を下から上へ斜めに一閃した。シスのわき腹に命中した刃が肉を切り裂き、潜血が噴き出す。
「ギャアウッ!」
シスは悲鳴をあげると、よろけながら木立の奥へと飛び退いた。
いいぞ。シスの習性がだんだん分かってきた。
「こっちか!」
やつの飛び出してくる方向はノイズ音の聞こえる方角と一致している。それさえ分かれば、対応するのは容易かった。
俺は現れたシスから攻撃を食らう前に一歩踏み込み、その肩口を斬りつけた。
「ギャン!」
シスは面食らったのか、爪ではなく牙による噛みつきで攻撃してきた。
俺は後方に宙返りしてそれを避ける。するとシスはまた身を隠した。
少しずつだが、着実にダメージは蓄積している。この調子だ。
そう思ったのも束の間、俺たちはシスの変化に驚きを隠せなかった。
木々の合間から顔を出したシスの口には、大きな両刃の剣がくわえられていた。
シスは俺を目掛けて、ぐるりと一回転しながら斬撃を放った。盾越しにも伝わるその威力に俺はたじろぎながら、なんとかそれを防ぐ。
「そんなのありかよ!」
立て続けに繰り出された斬撃を防ぎきると、シスはすぐさま姿をくらました。
ネイルを一撃で葬ったあの攻撃力に、武器の威力まで加算されてはたまったものではない。早いうちに片をつけないと、事故って取り返しのつかないことになりそうだ。
「次で決める……!」
俺は自分自身に言い聞かせるためにつぶやくと、剣を構えた。
魂解するなら、盾で防いでいる暇はない。やるかやられるかの一発勝負だ。
俺は心の底から湧き上がる激情を練り上げる。
「目覚めろ……!」
シスの振り下ろした剣が俺の頭上に迫る。
「カヲルくん!」
「魂解!」
その瞬間、世界がモノクロに染まり、時間の流れが極めてゆるやかになる。
シスの凶刃は、俺に当たるすんでのところでピタリと止まっていた。
「……ふぅ」
俺は安堵のため息を漏らすと、シスに歩み寄りながらその魂核を探した。
「頭か」
シスの頭部に、バグの黒い塊がはっきりと透けて見える。
俺は剣の切っ先をシスの側頭部に突きつけると、ダイビングスラッシュを発動した。
「まだだ。まだ足りない」
シスの頭蓋骨を破壊して侵入した刃は、魂核に到達する直前で止まっていた。ならばもう一撃。
「さっきのは俺の分。そしてこれは、ネイルの分だ!」
柄を押し込むようにしてファングエッジを叩き込むと、シスの魂核は粉々に砕け散った。
そのまま俺が残心を決めると、世界が再び色づいていき、やがてモノクロの領域は俺の中へと収束した。
HPが0になったシスは、どうと地面に倒れ込み、さらさらと消滅していった。
「やりましたね、カヲルくん!」
「お見事。」
「二人ともありがとう」
剣を鞘に納めると、俺は悲しみに深くうつむいた。シスを倒しても、やられたプレイヤーたちが帰ってくるわけではない。
「ネイル……」
「大丈夫ですよ。彼ならきっとまだ生きてます」
「助ければいい。」
「そっか……そうだよな……」
リリーとアイに慰められ、俺はなんとか気を持ち直した。
奪われたなら、取り返すまでだ。
「ほら、戦利品ですよ! カヲルくん!」
「あ、ああ……」
リリーに促され、俺はシスが遺していった剣を拾い上げた。どうやらドロップアイテムらしい。インベントリにしまい込むと、それは結構高いレアリティの一品だった。「叫冥剣シス」という大層な名前がついている。
「持ち帰って壁に飾ろうか」
「そうですね! 飾る武器も増えてきたし、また改装しなきゃ」
「ハウジング、楽しみ。」
ウキウキと語る二人の元気に支えられながら、俺は沈黙の森を後にした。




