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DIVE59「沈黙の森」

 霧が立ち込める森の中を俺たちは慎重に進んでいく。

 沈黙の森とは言い得て妙で、小鳥のさえずりや木の葉のこすれる音さえ聞こえない静寂に森全体が包まれている。


「今のところ、それっぽい音は聞こえないな」


「音、ですか?」


「ああ。『RISK』は近くに来るとジジジっていう嫌なノイズが走るんだ。もしそんな音が聞こえたらすぐに教えてくれ」


「分かりました」


 緊張の面持ちでネイルはうなずいた。


「それにしても、出てくるのは雑魚敵ばっかりですね」


「本来はそんなに危険な場所じゃないからな、っと」


「ギャイン!」


 会話の片手間にフォレストウルフやゴブリンを倒しながら、俺たちは細い遊歩道を進んでいく。

 ネイルは回復魔法が使えるピクシーだから、敵の攻撃を食らっても安心して進むことができる。その点では、連れてきて良かったと思った。


「もしかして、遊歩道からいったん離れないとダメなのか?」


「そうかもしれませんね。とりあえず最深部まで行って、その後に道から外れた場所を捜してみましょうか」


「そうしよう」


 沈黙の森の最深部には一際大きい木があり、御神木として祀られている。

 たしかサブクエストで来る場所だと小耳に挟んだことがあるが、俺はまだそのクエストをやったことがないため、よく知らないのだった。


 俺たちは大樹の周りをぐるりと一周した後、せっかくなので参拝していくことにした。御神木の根元に置かれている賽銭箱に100ジラほど投入し、両手を合わせて拝む。

 俺は「全員無事にこのゲームが遊べますように」というなんともアバウトなお願いをしてお祈りを終えた。


「何をお願いしたんですか?」


「大した願いじゃないよ」


「またまた。カヲルくんが仲間想いなのは知ってるんですよ?」


 にやけ顔のリリーに肘で突かれた俺は驚いた。


「どうしてバレたんだ!?」


「あっ、やっぱりそうだったんだ」


「くそっ、引っかかった!」


 かまをかけられるとはまさにこのことだろう。そんな俺とリリーのやり取りを見て、アイはきょとんと首をかしげている。一方、ネイルはくすくすと笑っていた。


「さて、それじゃ森の中に分け入るぞ。視界がもっと悪くなるから注意していこう」


 三人ともうなずいたのを確認すると、俺は道から離れて木立の中へと進んでいった。

 さっきよりも霧が深まったような気がする。乱立する木々と相まって、周囲の様子がほとんどうかがえない。敵に囲まれたらなかなか厄介なことになりそうだ。


 そうして歩くこと数分。ついにそのときは訪れた。


「あっ……!」


「どうやらお出ましみたいだな」


 耳障りなノイズがどこからともなく聞こえ、俺は耳を傾けた。どちらの方角から聞こえてくるのか分からないが、近くにいることは間違いない。


 同じ場所にとどまっていると危なそうだ。俺たちはゆっくりと移動しながら、周囲を警戒する。


 どこから来る? 前か、後ろか?


 刹那、ネイルの叫び声が響き渡った。


「危ないっ」


 リリーが前方に向かって押し出され、ネイルがその代わりとなって攻撃を受ける。


「ネイル!」


 気がついたときには、もう遅かった。

 オオカミの強靭な爪の前に、ネイルは倒れ込んだ。

 「冥府の猟犬シス」は足元のネイルを踏みにじると、俺たちに向かって耳をつんざくような大声で吠えた。


「ごめんなさい……カヲルさん……僕……もうダメみたいです……」


「そんな! ネイル!」


 ネイルのHPバーはすでに空っぽになっていた。背後からの不意討ちだったから、通常の攻撃に比べて大量のダメージを食らってしまったのだろう。

 ネイルは最後にこちらへ向かってかくように手を伸ばすと、力尽きて消滅した。


「てめぇ……よくもネイルを……!」


 俺は怒りに震えながら剣を抜き払った。しかし、シスはそれに取り合うことなく霧の中へと身を隠した。


「逃げるな!」


「一人で突っ込んじゃダメです、カヲルくん!」


 リリーの忠告も、カッとなった俺の耳には届かない。そのままずんずんと前進していく俺に、リリーとアイは慌ててついてきた。


 シスが発するノイズの音だけが俺たちを包む。


 俺はだらりと両腕を垂らして無防備になり、あえて敵の攻撃を誘った。

 するとそれに食いついたのか、シスが霧の中から姿を現して飛びかかってきた。


「後ろだろ! 分かってんだよ!」


 俺は黒い盾でシスの攻撃を受け止めた。そして、振り返り様その胸元に剣を突き刺す。

 シスは一瞬よろけたが、再び霧の中へと逃げ込んだ。


「ちっ……!」


「カヲルくん!」


「なんだ!」


 俺がリリーの方へ向き直った瞬間、左の頬に痛烈な衝撃を受けた。それがリリーの平手打ちだと気づくまでに、少し時間がかかった。


「バカ! バカバカバカ! カヲルくんまでやられたらどうするんですか!」


「リリー……」


「もう少し私たちのことも頼ってください。じゃないと私、怒りますからね」


「仲間。」


 泣きそうなリリーと、力こぶに手を当てたアイに見つめられ、俺はようやく冷静を取り戻した。

 そうだ。悔しいのは俺だけじゃない。三人で一緒に立ち向かうんだ。


「ありがとう。おかげで目が覚めた」


 俺はぎゅっと剣を握りしめると、頼もしい味方二人に背中を預けた。


「やるぞ、リリー、アイ」


「はい!」


「うん。」

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