DIVE57「常静不動のカドリス」
俺たちは「RISK」狩りのため、聞き込みで得た情報を元に各地を転々としている。
なお、02は人間陣営のメイン垢でフレと狩りをするということで、俺たち三人と分かれて行動することになった。
そんなわけで今日は、ハンドリスの近くにある遺跡の残骸に「RISK」がいると聞いてやってきたのだが――
「こんなところに本当にいるのか……?」
魔物すら寄り付かないようなマップの端っこを俺たちはうろうろしていた。
「あのデビルメイジさんはいるって言ってたじゃないですか。信じてみましょうよ」
「まあ、信じるけどさ」
俺は拾った小石を右手でいじくりながら、砕けた岩壁の裏をのぞき込む。
そこにはいかにも貴重そうな壁画が彫り込まれていた。こういうのって、重要な文化遺産として保護の対象にはならないのだろうか。モンスターの考え方というのはよく分からないものだ。
少し疲れた俺はそんなどうでもいいことを考えながら、休憩するため近くの大きな岩に寄りかかった。
全く、「RISK」もよくもまあ好き好んでこんな辺鄙なところに住み着いたものだ。わざわざ探しに来るこっちの身にもなってほしい。
もっとも、人が多いところに出没されるのもそれはそれで困るわけだが。
そのとき、アイが近くの物陰から出てきた。
「あっ、おーいアイ!調子はどうだ!」
大きく手を振る俺にアイは返事をせず、その代わり口を半開きにしながら俺を指差した。
「あ。」
「ん?俺の顔に何かついてるか?」
「違う。下。」
「下ぁ?」
俺が足元をふとのぞいた瞬間、地面がぐらりと揺れた。
「ああっ、カヲルくん!危ない!」
「うおおおおお!?」
背後の巨岩がいきなり動き出し、俺は驚きながら手前に飛び退いた。
否、これは岩ではない。それは岩塊のような殻を背負った巨大なヤドカリだった。地面の中に潜っていたため、気がつかなかったのだ。
「『常静不動のカリドス』って、思いっきり動いてんじゃねーか!」
「『カドリス』です、カヲルくん!」
リリーに鋭いツッコミを受けつつ、俺はラッカークロウを腰から抜いた。近くに立っているリリーとアイも武器を持って構える。
「いくぞ!」
「はい!」
俺は黒い鉄盾でカリドス、いや、カドリスの振るうハサミを受け止めていった。やつが動くたび、耳障りなノイズがじりじりと走る。
そのヤドカリっぽい見た目通り、細い四本の足で縦横無尽にちょこまかと動き回るため、とても戦いづらい。
ネームドモブだからか、リリーのミストインジェクションもあまり効いていないようだ。
「じっとしろ、この野郎……!」
怒りのたけをぶつけながら、俺はファングエッジを叩き込む。
リリーとアイはなかなか狙いが付けられず、苦労しているようだった。
どうにかして、敵の足止めができないだろうか。
そのとき、俺はあることを思い立った。
「そうだ、ここらでいっちょ試してみるか!」
「何をですか!?」
「いいか、見てろ……!」
俺は心の奥から激情を呼び起こす。
力をくれ。勝つための力を。仲間たちを守るための力を。
「目覚めろ……!」
そして、俺は叫んだ。
「魂解!」
時の流れがゆるやかになり、視界がモノクロームに染まる。
俺の強化された視覚は、巨大ヤドカリの魂核の位置をしっかりと捉えた。黒い塊はヤドである岩の中にある。
俺はハサミによる攻撃を華麗にすかすと、背中の翼を使って舞い上がった。そして、上空から固い殻を目掛けて、全体重を乗せたダイビングスラッシュを叩き込んだ。
剣の切っ先は折れることなく突き刺さり、やつの魂核をそのまま貫く。
HPバーが一気に0まで削れ、巨大ヤドカリは地面にその六本の脚を力なく広げた。
俺が魂解を終えると、白黒の時空間は俺の体を中心に収束し、時間は再び元のように流れ出す。
「はぁ……はぁ……!」
俺は両手両足をついて突っ伏した。全身から力が抜け出しそうだ。
リリーとアイは驚きに目を見張りながら俺の下へ駆け寄ってきた。
「いま、何をしたんですか!?」
「魂核を突いた。」
「カリドスの核になっている部分を破壊したんだ。『RISK』のやつら、そうすると一瞬で倒せるらしい」
「そんなことができるんですね、すごいです!あと『カリドス』じゃなくて『カドリス』です、カヲルくん!」
「そう、カリドス……」
「カドリス!」
執拗に訂正を受けながら、俺は二人に抱えられて立ち上がった。
この「魂解」とかいうシステム外スキル、実戦にはまだ到底採用できなさそうだ。
戦う度にいちいちスタミナが尽きていたんでは話にならない。もっと訓練と経験が必要だ。
今回の「RISK」討伐全国行脚を契機に、「魂解」を必ず完璧に習得してみせる。
俺は密かにそう誓った。
「RISK」を効率的に倒すため。いずれ訪れるであろう黒幕との決戦に備えるため。そして、仲間たちと自分自身の命を守るために。




