DIVE54「覚醒」
俺の意識は外界から離れ、真っ暗な心の中にいた。
俺は自分自身に問いかける。
どうしてこうなった?
すると、俺の心の声が答えた。
それはもう分かっている。
俺が弱いから、負けたんだ。
こうなったのは全部お前のせいだ。
うつむいた手のひらを何度見ても、結果は変わらない。
眼前にはもうスライムの外膜が迫っている。少しでも体を傾ければ、吸い込まれるに違いない。
気絶した仲間たちの姿を両の瞳に映しながら、俺はまた自分自身に問いかける。
本当にこれでいいのか?
あいつらを救えず、このままおしまいでいいのか?
リリーは俺の最初のフレンドで、良い相棒だ。
真面目で優しい彼女にはバトルだけでなく、それ以外のことでも何度も救われてきた。
彼女がいたからこそ、俺はこのゲームを続けてこられた。
02は俺の悪友だ。「シーカーズ」を支える凄腕のヒーラーでもある。
彼のアドバイスがなければ、いまの俺たちはいないだろう。
こいつとは長年の仲だ。これからも変わらず悪友でありたい。
アイに出会ったのはついこの前だが、いまではもう立派な仲間だ。俺に初めてできた後輩でもある。
言葉足らずで無表情だが、それはただ感情表現が苦手なだけだと俺は知っている。
不器用で寂しがり屋な彼女のことを、俺は守ってやりたいと思う。
そんな大切な彼らを失うなんて、とても耐えられない。
そう思った瞬間、心の底から激情がふつふつと湧き起こるのを感じた。
嫌だ。負けたくない。
何者をも打ち倒せる、圧倒的な強さが欲しい。
――力が欲しい。
心からそう願った瞬間、全身に未知の力がみなぎるのを感じた。
「目覚めろ……!」
俺は、腹の底から叫んだ。
「リリィィィィィィィス!!!!!」
刹那、視界がモノクロに染まり、時間の流れがぴたりと止まった。
否、完全に止まったわけではない。極めてゆるやかにだが、流れている。
俺は再び自分の両手を見つめた。そして、それを動かしてみる。この空間の中で、どうやら俺自身は普通に動けるらしい。
あのときと同じだ。ジャオーと対決したときに感じた、あの妙な感覚。しかも今度ははっきりと、自分と敵の動きをそれぞれ感じ取れる。
全くの絶望的な状況にも関わらず、自分が強烈な自信と高揚感に包まれていることに俺は驚いた。
これならいける。
何の根拠もないがそう思い、俺は再びスライムに対峙する。
半透明なスライムの体。その中に黒く輝く球体があるのを俺は見つけた。
そして直感的に悟った。これがアイの言っていたバグの魂核だ。
「おおおおおおおお!!」
俺は気合いの雄叫びとともに、スライムの体を切り刻んだ。
つけた傷口が再生する前に、その部分をさらに斬りつける。そうして掘り進めるような形でスライムの流れる体を削っていくと、ほどなくして魂核が露わになった。
俺は全力を込めて剣を叩き込む。黒い塊がぐしゃりと砕け、HPバーが一気に削れ落ちる。
続けて俺は、背後でうごめいているもう一匹のスライムに向き直った。
同じ要領で体を削り取り、露出した魂核に向かって剣を叩きつける。
「くたばりやがれえええええ!!!」
思い切り刃を押し込むと、黒塊が中心部から放射状に砕け散り、こっちのスライムのHPバーも一瞬にして尽き果てた。
攻撃を終えた俺が息を荒げながら残心を決めると、スローモーションの時空間は俺の体内に収束するようにして消滅した。
ぱしゃり。倒れた二匹の巨大スライムは形を失い、ただの無色透明な液体となって地面に流れ落ちていく。
脅威がなくなったことを確認した俺は、地面の上に放り出された仲間たちの下へ慌てて駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!?」
「げほっ、ごほ……私は大丈夫です」
「生きてるよ」
「存命。」
全身びしょ濡れになりながら、三人は俺を見返した。
良かった。無事みたいだ。
ほっとした瞬間、疲れがどっと押し寄せてきて、俺は片膝をついてうずくまった。
「カヲルくん!大丈夫ですか!?」
「ああ……ちょっと頑張りすぎたみたいだ」
この疲労感は半端ではない。おそらく、あの謎空間を出現させた反動だろうと思う。
「それにしてもよく倒したな、あのスライム」
「よく分からないけど、なんとかなった」
それにしても、あの不思議な力はいったい何だったのだろうか。俺は再び自分の両手を見つめた。
自分自身の力で仲間を救えたことへの興奮と、少し遅れて切れた緊張のせいで腕の震えが止まらない。
「――そうだ!俺のことはともかく、まずはあの人たちを助けないと」
「そうですね。またあの激強スライムが出てこないとも限りませんし」
「「それは勘弁してくれ……」」
嫌悪感に眉をしかめた俺は、同様に表情を歪めた02に支えられながら立ち上がった。
いまはただ、仲間と没入者たちを救えたことを喜ぼう。
良かった。本当に良かった。




