DIVE52「マップ外エリア」
視界に光が差し込み、足の裏に固い感触を感じた。転移に上手く成功したようだ。
いま俺が立っているのは、立方体の形をした白い小さな部屋だ。空中には幾何学的な形状をしたオブジェクトがいくつも浮かんでいる。
俺たちが通ってきた渦巻きワープゲートの他、通路が奥に向かって一本伸びているだけで、あとは何もない空間だった。
「なんだここは……?」
「何もないのがかえって不気味ですね……」
「とりあえず進んでみるか」
「はい」
俺たちは近くの床や壁を触って確かめながら、通路の方へと歩いていく。
通路はときおり直角に曲がりながら続いていき、やがて同じ形状をした次の小部屋にたどり着いた。今度は通路が二本、左右に伸びている。
「同じ景色ばっかりで迷いそうだなぁ」
「目印でも置いていきますか?」
「そうだな。適当にアイテムを置いておこう」
俺はインベントリから薬草を一束取り出すと、通ってきた通路の出口に置いた。これで次にここに来たときには分かるだろう。
「で、左と右どっちに行く?」
「二組に分かれて、手分けして探索するって手もあるぞ」
「それはダメだ。全滅フラグとしか思えない」
「そうか? まあ、いいけどさ。んじゃ、どっち行くか決めてくれ」
「よし、こっちだ」
俺は考慮の末、左を選ぶことにした。人間迷ったときは直感と決断力が肝心だ。
俺たちは左の通路へと足を運ぶ。
そのとき、リリーがふと口を開いた。
「あの、マップを開いてみたんですけど、表示がバグってます」
「本当だ」
ウインドウをのぞいてみると、リリーが言う通り、現在地点の表示がクドマ平野になっており、自分の位置を示す矢印がくるくるとせわしなく回転している。ここがマップ外エリアであることは間違いなさそうだった。
無事に帰れることを祈りながらさらに歩を進めていくと、今度は前方と左右で合計三本の分かれ道が現れた。俺は思わず頭を抱えた。
「やばい、どっちがどっちか分からなくなりそうだ。道順を覚えてられるか?」
「私は自信ありません」
「俺もだ」
残るアイも首を横に振る。いちおう通路の出口に目印の薬草を置いてはみたものの、帰路への不安はぬぐえなかった。
そして俺が立ち上がったときだった。ザーザーというノイズが聞こえ、俺たちは身構えた。これは彼岸の妖蝶メルズが出していたものと同じ音だ。
続いて、ぐちゃぐちゃという湿り気のある音が聞こえてきた。音の出所は向かって右側の通路だ。
「『RISK』か?」
「そうみたいだな。奴さん、早速お出ましだぞ」
俺たちが武器を抜くと同時に、そいつは現れた。通路全体を塞ぐほどの巨体をぬらぬらと動かしながら、この部屋に侵入してくる。
「どうする? 戦うか?」
「いや、相手がどんな能力を持っているか分からない。いったん逃げよう」
「了解!」
俺たちは真正面の通路に向かって駆け抜けた。幸いなことに、巨大スライムの移動速度は遅々たるもので、俺たちはすぐに距離を引き離すことに成功した。
そうして次の部屋に到着した俺たちは、驚くべき光景を目にすることになった。
「なんだよ、これ……!」
そこにいたのは、大量のモンスターPCたちだった。みな気を失って床に倒れ込んでいる。
その中には、ミルルの兄チルルの姿もあった。話に聞いていたところによれば妹と同じアルミラージだということだったのだが、なぜかLv.1のバットになっている。
そしてそれは他のプレイヤーも同じで、みな進化前モンスターのLv.1になっていた。
「もしかしてこれ、全員没入者か?」
「そうみたいだな」
「早く助けてあげないと!」
「それにはまず、あいつをどうにかしないとな」
02は元来た通路の方を振り向いた。巨大スライムは相変わらずノイズと粘着質な音を発しながら、こちらに向かっているらしい。
俺たちは互いにうなずきあうと、通路へ駆け込んだ。少し進むと、まるで壁のように通路を埋め尽くしている巨大スライムの姿があった。
「よし、やるぞ!」
俺たちは各々の武器を握りしめ、巨大スライムに対峙した。




