DIVE50「アイの謎」
一仕事を終えた俺たちは、ギルドハウスで休憩している。アイの初めてのメインクエストを終え、アムナックからちょうど帰ってきたところだ。
「どうだった、アイ?俺たちと一緒にダンジョンに潜ってみた感想は?」
「楽しかった。」
「そうか。それは何よりだ」
俺は一緒に遊んでいるうちに、少しずつアイのことが分かってきた。
すなわち、彼女は感情に乏しいわけではない。
それを表立って出すのが苦手なだけで、心の中ではしっかりと出来事を感受しているようなのだ。
だから、いまの会話だってそうだ。楽しかったというのはおそらく本心だろう。
俺が笑いかけると、アイはじっとこちらを見返した。
すると、それを遮るようにしてリリーがすかさず手を挙げた。
「わ、私も楽しかったです!」
「えっ、うん……? それは分かってるけど」
「あっ、そうですよね……はい……」
なぜかリリーが落ち込んでしまったようだが、一体どうしたのだろうか。まあ02が気を遣ってやっているみたいだから、ここは任せておくとしよう。
そのとき、四十万はふと立ち上がると、俺たちに声をかけた。
「君たちが『ラングオルラ』に行っている間に、いくつか分かったことがある。アイくん、少しの間だけ席を外してもらえるかな?」
「……? 分かった。」
「悪いね」
アイはよく分からないと言いたげに首をかしげると、すたすたと二階に上がっていった。仲間はずれにしているようで気が引けるが、「シーカーズ」の機密保持のためには仕方のないことだ。
アイが完全にいなくなったのを確認すると、四十万は再び元の椅子に腰かけた。
「まず、アイくんのことから話そう。アカウントを精査した結果、驚くべきことが分かった」
四十万はお得意のウインドウ操作で、俺たちの前にアイのアカウント情報を展開した。
「奇妙な点が三つあってね。一つ目は、アカウント作成日が今日の昼ということ」
「おいおい、たったの数時間でもうLv.10まで上げたっていうのか?」
「正規の手段という縛りをかけるならば、そういうことになるね」
もしかして、誰かの助けを借りてダンジョンをたくさん回ったのだろうか。
しかし、その予想は四十万の次の一言によって見事に覆された。
「二つ目は、アイくんが君たちに出会う前に潜ったダンジョンは『レスティバ』の一回が最初で最後だということ」
「ええっ!? そんなのおかしいぜ!」
02の言う通りだ。
そこそこの動きが出来るとはいえ、初心者が誰の助けも借りず、ダンジョンもろくに潜らずにLv.10まで上げるなんて、どう考えても不自然だ。
四十万は続けて三本目の指を開く。
「三つ目は、種族が未実装のサキュラだということ」
「ってことは、俺たちと同じようにグリッチを……?」
「いや、行動ログを確認してみたが、そんな形跡はなかった。それに、マリー神殿はすでにメンテナンス済みで、モンスターPCは入れないようになっている」
何から何まで異色の経歴を持っている。アイはいったい何者なのだろう。
「やっぱりチーターなんじゃないのか?」
「そうだとすれば、BANして終わりで楽なんだがね。チート行為は一切検出されなかった」
「マジかよ、わっけ分かんねえ……!」
02は頭をわしわしとかきむしった。
やはり考えられるのは、意図的にせよそうでないにせよ、アイが何らかのバグを利用しているという可能性だ。
だとすれば、彼女がどんなプレイヤーかきちんと見極める必要がある。
「ともかく、君たちがアイくんという特殊なPCに出会えたのは僥倖という他ない。彼女に同行して、その素性やステータスの秘密を探ってほしい」
「分かった。任せてくれ」
幸いなことに、アイは俺に懐いているらしい。一緒に遊んでいれば、もっと色々と分かってくることもあるだろう。
俺はこくりとうなずいた。
「さて、ここからは『RISK』についての話だ」
俺はごくりとつばを飲み込んだ。
「解析を進めた結果、進展があった。没入者たちについて、その居場所が判明したんだ」
「本当か!?」
「ああ。ただ、一つ困ったことがあってね。これを見てほしい」
四十万は空中に浮かんでいる別のウインドウをスライドして、俺たちの前に持ってきた。そこにはどこかの大まかなフィールドマップが表示されており、ある位置に罰点が記されている。
「どうやら彼らはマップ外の領域にいるようなんだ」
「マップ外?」
「ああ。文字通りマップの外、何も存在しないはずのところに彼らは存在する」
たしかに四十万が言う通り、罰点がつけられたその地点はマップのはるか彼方、何のオブジェクトも配置されていないはずの位置にあった。
「どういうことなんだ……?」
「私にも分からない。そこで君たちの出番だ。この座標の近くまで行って、おかしなところがないか、そしてそこに行く術がないか、調べてきてほしい。詳細な座標はすでにDMで送付してある」
なるほど、クアール砦のときと同じように実地調査をしてこいというわけだな。
「分かった」
「バグはいつどこで発生するか分からない。くれぐれも注意してくれ」
俺たちは真剣な表情で互いに顔を見合わせた後、こくりとうなずいた。
没入者たちは絶対に救い出す。もちろん、メルズに倒されたミルルの兄チルルもだ。




