DIVE49「アイの実力」
「ほう、そんなことがねぇ」
四十万は興味深そうにアイの顔をのぞき込んでいる。それに対してアイはというと、きょとんとした目つきで四十万を見つめ返している。
「なあ四十万、アイのこと、しばらくこのギルドハウスにいさせてやってもいいか?」
「構わないよ。ただし、重要な話をするときには離席してもらうことになる。いいね」
「分かってるよ」
俺がうなずくと、アイもそれにならってこくりとうなずいた。
本当に言葉の意味を理解しているかどうかは怪しいところだが、何度か言って聞かせればきっと分かってくれることだろう。
「さて、んじゃどうする? 一緒に『レスティバ』でも行くか?」
「いや、まずは『ラングオルラ』で色々と確認した方がいいと思う」
「そうか。初心者ならそこからだな。アイはもう解放してあるか?」
するとアイはコンテンツウインドウを開き、こちらに見せてきた。それをのぞき込んだ俺はびっくりしてソファからずり落ちかけた。
なんと全ての実装済みダンジョンが解放されていたからだ。
これじゃネタバレになってしまう、とかそういうレベルの話ではない。
「ど、どうなってんだよこれ……本当にまだLv.10なんだよな?」
「うん。」
アイはむふーと鼻息を出しながら自慢げに胸を張った。
遅れて横からのぞき込んだリリーと02も、びっくり仰天している。
「うーん、気になる点が多々あるね。君、本当に初心者かい?」
四十万の鋭い視線に射られても、アイは全く動じない。それどころか、自慢するようにコンテンツウインドウを見せつけるのだった。
「ふふっ、こんなに堂々としたチーターはいない。おそらくバグの影響だろうね」
「間違って開いちゃったってことか?」
「それしかないと思う。いちおうアイくんのアカウントについて一通り調査はしてみるが、あまり期待はしないでくれ」
四十万が言う通り、アイが無知を装ったチーターだとは到底思えなかった。もしバグのせいだとすれば、これまでの現象について全て辻褄が合うはずだ。
「しっかしまあ、次から次へとおかしなことが起きるもんだな。このゲーム、大丈夫か?」
「それは耳に痛いよ、02くん。我々としても、おかしな現象を容認しているわけではないんだがね……」
俺たち一介のプレイヤーに運営への協力を頼むくらいだから、よほど人手不足なのだろう。
そして実際、バグによって意図しないプレイが多発している現状に『The Fang』運営のCU社は対処しきれていない。
運営側である四十万の心が痛むのはよく分かるところだった。
「いまここであーだこーだ言っても仕方ないだろ」
「まあ、いいけどさ。んじゃ『ラングオルラ』行ってくるか?」
「はい、行きましょう」
「行けるか、アイ?」
アイは大きくうなずいた。やる気は十分のようだ。
まずパーティを組んだ後、「ラングオルラ」への参加申請をする。そして「突入する」ボタンが出たら、即座にボタンを押す。
何度も周回するうちに手慣れたものだ。
しばしの暗転の後、俺たちは「ラングオルラ」の初期地点へとテレポートを完了した。
俺は最初のゴブリン三体と出会うと、流れるような動きでダイビングスラッシュとバイスクローを放ち、ヘイトを取った。
「それじゃアイ、攻撃してみてくれ」
アイはうなずくと、腰ポケットから水晶玉を取り出し、スキルの詠唱を始めた。どうやらジョブ種別は詠唱職のようだ。
詠唱が終わると、燃え盛る火球がゴブリンの一体に直撃し、見事に打ち倒した。
「よし、スキルは使えるみたいだな。あとはボス戦でうまく動けるかどうかってところか」
「そうだな。これなら雑魚敵相手は大丈夫そうだ」
「じゃんじゃん行きましょう!」
俺たちはアイを連れてガンガン進んでいく。
コンテンツ内ではレベルが調整されるとはいえ、このゲームに慣れた俺たちにとって、最初のダンジョンに手こずるようなところはもはやない。
結果、すんなりと1ボスの前までやってきた。
「よし、それじゃ入るぞ」
俺が白いモヤをくぐると、そこには小さな一匹のトカゲがいた。
「さあ、どうするアイ?」
俺はあえて何も言わず、アイに任せることにした。
アイはこのボスの仕組みをまだ知らないようで、困惑しながらトカゲに少しずつ近づいていった。
やがて、残り数歩でトカゲにたどり着くというところまでアイが近づいた、その刹那。天井の岩が崩れ、巨大なムカデが落下してきた。
「っ~!!」
アイは怯えた様子で俺の後ろに回り込む。
「だよな、やっぱそうなるよな」
俺はうんうんとうなずきながら、ダイビングスラッシュでギガワームに突っ込んだ。
自分が最初に同じことをやられたときは腹が立ったものだが、いまになってみると、あのときの02の気持ちがとてもよく分かる。
初心者と一緒に潜るとついつい反応を試してみたくなるのは、このダンジョンを攻略した牙民の運命なのだろう。
アイのびっくりした顔を目に焼きつけたあとは、ギガワームのお料理タイムだ。
〈粘着〉を使って俺が敵を引きつけている間に、リリーたち三人の遠距離攻撃が炸裂する。そうして俺たちは、危なげなくギガワームの討伐に成功した。
「ボス戦でもよく動けるじゃないか。これは即戦力だぞ」
「んじゃ、あろゑはもうリストラかな?」
「バカ。本人の前でそんなこと言ってみろ、八つ裂きにされるぞ」
くすくすと笑いながら、俺たちは先へと進んでいく。一方、アイは俺たちの会話の意味が分からず、ただただ首をかしげるばかりだった。




