DIVE46「聖牙祭開幕」
首都ヘネクの街に、いつもとは違う空気が漂っている。
電灯や建物はみなカラフルな布飾りでデコレーションされており、流れているBGMも軽快にアレンジされたものに変更されている。
街を行きかうPCたちがいつもよりちょっと浮かれて見えるのは気のせいだろうか。
「これが『聖牙祭』か。結構大掛かりなんだな」
俺はそうつぶやきながら、道端のベンチに座ってりんご飴をなめている。隣に座っているリリーと02も、ちょうど同じものを食べているところだ。
「なんだかお祭りっていうだけで気分が盛り上がってきますよね!」
「そうか? 俺はそうでもないけど」
「また、そうやって逆張りして。今日くらいは素直になれよ、02。ノリ悪いぞ」
「いや、逆張りはしてねぇよ。俺は大人だから、いつでも冷静なの」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
俺とリリーはくすくすと笑いながらりんご飴にかぶりついた。
ゲーム内アイテムとはいえなかなかの再現度で、意外と美味しい。ショップのレギュラーメニューに入れてほしいくらいだった。
「それで、これから俺たちはダンジョンに行くんだっけ?」
「ああ。イベント期間限定のサブクエストがあるらしい。それを受けてダンジョンを解放するんだと」
「分かりました。開始地点はどこですか?」
「西の大広場の方だな。これ食べ終わったら行ってみるか」
「そうですね」
食べ歩くのは行儀が悪いからな。ここで全部食べきってしまおう。
きちんとりんご飴を完食すると、持っていた串はひとりでに消滅した。食べた後のゴミをゴミ箱に捨てに行かなくてもいいのが『The Fang』の食事の良いところだ。
俺たちは全員が食べ終えたのを確認すると、ベンチから立ち上がり、大広場へと歩き出した。
街路の両端に立ち並ぶショップでは様々な食べ物やお祭りグッズを売っており、それらを身につけたプレイヤーたちが方々に歩いている。
せっかくのイベントだし、サブクエストの攻略が落ち着いたら、記念になにか買っておいてもいいかもしれない。
そんな風に周りを見回しながら進んでいくと、俺たちはやがて大広場へ到着した。
広場の中央には大きな噴水があり、主要なランドマークとなっているのが特徴だ。
ぐるりと見渡すと一角に人だかりが見えたので、俺は指を差した。
「たぶんあそこじゃないか?」
「どうやらそうみたいだな。行ってみようぜ」
俺たちは集まっている群衆をかき分け、その中心部で囲まれているNPCに話しかけた。
「困ったなぁ、困った困った」
「おい、どうしたんだ?」
人型の植物であるマンドラゴラのマルスはこちらに向き直ると、焦った様子で口を開いた。
「あっ、冒険者さん! ちょうどいいところに! 実は困ったことになりまして……」
マルスは手で頬をかきながらさらに言葉を紡ぐ。
「『聖牙祭』用の飾りを運んでいる途中、ゴブリンどもに奪い去られてしまったのです! あれがないと、お祭りに参加できません! どうか取り返してはくれませんか? 報酬は私の店の商品でお支払いします!」
すると「マルスを助けてあげますか?」と記された半透明のウインドウが表示された。
その下にある二つのボタンにはそれぞれ「はい」と「いいえ」が記載されている。
俺は迷わず「はい」のボタンを押した。すると、マンドラゴラは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます! やつらは洞窟の中へと逃げ込んだようなんです。場所はお教えしますから、そこに行ってやっつけてきてください! よろしくお願いします!」
クエスト受注のファンファーレが鳴り、その後に「『祝祭大洞レスティバ』解放」という文字が大きく表示された。
「よし、ダンジョン解放完了。これを周回すればいいんだな?」
「ああ、そうだな。早速突入してみるか」
「はい!」
俺は少し混雑から離れると、メニューウインドウからコンテンツウインドウを開き、「レスティバ」への参加を申請した。
するとすぐにコンテンツ開始の確認ウインドウが表示され、俺は「突入」ボタンを押した。
目の前が次第に暗くなっていき、やがて俺は目を閉じた。




