DIVE45「“RISK”」
俺たちは疲れ果てて眠ってしまったミルルを護衛しながら、ギルドハウスへと戻ってきた。
室内に入ると、リリーは背負っていたミルルをベッドに横たわらせ、かけ布団をかけてやった。
「メルズは無事に倒せたっていうのに、どうしてミルルの兄ちゃんは戻ってこないんだ!」
俺は憤慨しながら机を叩いた。
四十万は手のひらの上にウインドウを浮かべながら、そんな俺の隣に歩み寄る。
「ああ、そのことだが、実は妙なことが分かってね」
「何でもいい。教えてくれ」
「ミルルの兄――チルルのログイン状態を調べたところ、昨日からずっとログインした状態になっていることが分かった」
「なんだって……?」
「しかも不思議なことに、既存のマップ内に彼は存在しない。マップ外の座標のどこかにいる、ということになっている」
それはつまり、このゲーム内のどこかに彼はまだいるということになる。
ヘッドギアをつけたまま妹に連絡もせず、謎の場所を一日以上ほっつき歩いているとでもいうのか。常識的に考えてそれはおかしいだろう。
「どういうことなんだ?」
「一体何が起きているのか、私にもよく分からないんだ。こんな事例は初めてでね」
四十万は困ったような顔をしながら肩をすくめた。
「少なくともはっきりしているのは、彼の意識がゲーム内に取り込まれてしまっているということだ」
「そんな……!」
これはあくまでゲームだ。現実世界の肉体にまで支障が出るなんて、そんなことがあっていいはずがない。
「これからはバグの発生した魔物を『RISK』、マップ外に存在するプレイヤーを『没入者』と呼称することにする。そして我々の目下の目標は『没入者』の救出だ。チルル以外にも被害に遭った者がいるとすれば、放ってはおけない」
「ああ、そうだな」
「一刻も早く助けてあげないとですね!」
リリーはそう言うと、ぐっと両手を握りしめた。俺も自然と体に力が入る。
「とはいえ、現状では手がかりが少なすぎる。君たちは引き続き調査を頼む。それからRISKの出現が確認された場合、可能な限り討伐してくれ。これ以上、犠牲者を増やしたくはないからね」
これは俺たち「シーカーズ」のメンバーにしかできないことだ。両肩に重い責任が乗っかっているのを感じながら、俺はこくりとうなずいた。
「さて、それからこれは余談なんだが、もうすぐ『聖牙祭』が開催される」
「せーがさい?」
「運営が開催する期間限定のイベントだ。君たちはここのところ働き詰めだったろうから、たまには気晴らしに楽しんでくるといい」
にこやかに言う四十万に、俺は食って掛かる。
「そんなことやってる場合じゃないだろ! 早くRISKを何とかしないと!」
「いや、カヲル。ここは四十万のアドバイスを快く受け入れるべきだと思うぞ」
「02まで何言ってんだよ!」
俺は気持ちの猛るままに02をにらみつけた。
すると、焦燥に駆られる俺を見かねてか、02は俺の肩にぽんと手を置いた。
「焦ったって事態が好転するわけじゃないだろ。それに、ここらでいったん英気を養っておかないと、いざってときに全力を発揮できないぞ」
「それは、そうだけど……」
「少しくらい、きっと大丈夫ですよ。それに、カヲルくんが頑張ってるのは私たち十分分かってますから。ご褒美、もらっちゃいましょう?」
「リリー……」
RISKのことにばかり集中しすぎて、周りが見えなくなっていたのかもしれない。俺は余裕のない自分自身の態度を少し反省した。
「分かった。俺も行くよ、『聖牙祭』」
「そう来なくちゃな」
02はにししと笑うと、俺の肩に腕を回した。
「それで、いつから始まるんだ、そのお祭りは?」
「スケジュール通りなら二日後だ。詳しくはイベントのお知らせを見るといい」
「分かった。ありがとう、四十万」
四十万は言葉を口にせず、その代わりにひらひらと手を振って答える。
最近は「シーカーズ」の活動ばかりで、このゲームを純粋に楽しめてはいなかったような気がする。
たまには一般のいちプレイヤーとして、イベントを楽しむのも悪くないかもしれない。そう思い、俺はメニューウインドウからお知らせを開いた。
「へえ、イベント限定ダンジョンっていうのが出るのか」
「そうみたいですね。どんな敵が出るか楽しみですね」
「祭りだから縁起の良い魔物だったりしてな」
「縁起の良い魔物って?」
俺が尋ねると、02は特に何も考えていなかったらしく、うーんとうなりながら腕を組んだ。
「そりゃあ……その……金のシャチホコとか?」
「よりによってシャチホコかよ?」
「予想なんだからいいだろ別に! じゃあお前、ガチでシャチホコだったら謝れよ」
「いいよ。もしそうだったら、ヘネクの大通りで土下座してやるよ」
「お、言ったな?男に二言はないな?」
「二言はない!」
くだらない意地の張り合いをする俺たちを見て、リリーはくすくすと笑う。
「シーカーズ」のギルドハウスを、久しぶりに和やかな雰囲気が包んだ。




